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八戸市新井田無理心中か、 男性けが 妻の遺体
八戸市新井田無理は無理心中か 男性けが 妻の遺体

06月02日 10時20分

1日夜、八戸市で50代の男性が血を流した状態で路上に倒れているのが見つかり、その後、現場近くのアパートで、男性の妻が死亡しているのが確認されました。
警察は、男性が妻を刺したあと、自殺しようとした、無理心中の可能性も視野に、捜査を進めています。

1日午後8時半ごろ、八戸市新井田の路上で「男性が血を流して倒れている」と通りかかった人から警察に通報がありました。
警察が現場に駆けつけたところ、50代の男性が腹から血を流した状態で路上に倒れていて、八戸市内の病院に搬送されました。
警察によりますと、男性は、意識があり、会話できる状態だったということです。
また、男性が「自宅で妻を刺した」と話したことから、1日午後10時ごろ、警察が、現場近くの男性が住むアパートの一室を調べたところ、男性の妻が胸から血を流している状態で、あおむけに倒れていて、その場で死亡が確認されました。
遺体が見つかった現場は八戸市役所から東に4キロほど離れた場所にある閑静な住宅街です。
近くに住む60代の男性は「昨夜の8時30分ごろにパトカーや救急車が集まり、11時30分ごろに警察が、物音を聞かなかったなどを聞きに来た。ふだんは静かな場所なのでこんなことが起きてびっくりした」と話していました。
妻の脇には、包丁が落ちていて、男性と妻、いずれにも、抵抗したような傷あとは確認されていないということです。
警察は、男性が妻を刺したあと、自殺しようとした、無理心中の可能性も視野に、捜査を進めています。


by jpn-kd | 2018-06-02 12:16 | NEWS
八戸デジタル観光協会 ポレポレ インド料理の店 ラピア内

八戸デジタル観光協会 ポレポレ インド料理の店 ラピア内
28年の歴史、日本人経営者を引き継ぎネパール人のピャクレル・カダッガ・パラサドさんが奮闘中、むつ市にも店を持つやりて。やりてと言うけど何もくれない。
ラピアも往時の勢いはないが、ドンキホーテの出店で面白い店になるが、ここも隆盛になる仕掛けができていない。八戸は智恵者がいない。


by jpn-kd | 2018-05-21 10:37 | デジタル八戸観光協会
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える13
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平成25年3月の頃、毎年蕪島祭りは天気が荒れる。
そして、その里帰りは実施された。
管理責任を全く考えない野沢俊雄は清水家から伝わった弁天も、旧八戸藩主が寄贈した弁天も丸焼けにした。
この里帰りの際も火災に遭わないとは限らなかった。が、無事に浮木寺に戻った。
浮木寺の住職は往時と異なる。寺も神社もヤドカリ生活者だ。
消防の火災原因調査書が開示になれば漏電説も証明されるだろうが、消防は開示をしない。
永遠の謎が残る。
謎という字は言うに迷う、消防の証拠書類の提示がなければ、我々は言い迷わされるだけだ。
行政には事態を解明する責任があるが、それをないがしろにするは情けない。消防署員は缶詰、躯は頑丈だがてっぺんが空いている。
野沢俊雄はここまでにし、次は杜撰な体制で蕪島神社火災を引き起こした消防体制を調べる。


by jpn-kd | 2018-05-21 08:13 | 蕪島神社焼失事件
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える12
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える12
蕪島神社にあった弁天これが浮木寺に行った話には、もう一説ある。それは清水屋甚太郎の一族が語り伝えた。

清水家代々の言い伝え(清水のぶ氏八十七才の言にょる)
当神社と関係の深い、清水甚太郎の子孫であり、先祖代々、蕪島
辨財天を守って来られた、清水ノブさん(明治三十三年生)の話によれば、地頭職清水甚太郎が、伊勢詣りに出かけ帰途京都に立ち寄り、或る有名な仏師に極彩色の八臂の辨財天を作らせ、浦賀から船で鮫浦に着き、蕪島に勧請して祀り、多くの崇敬者がありました。やがて明治の神仏分離令が出され、八戸藩から佐川為教、他に林某が立ち合い、辨財天を杖でつついて、「これは神ではない、仏だ。」と云い、これに乱暴されたので、清水家にうつし、床下のオドシにかくまつたのです。その後京都の仏師に依頼して修理し、家に安置しておりました。ところが、浮木寺の住職千葉量光氏が、再三清水家に足を運び、「この辨財天を多くの人々の拝む対象にはしない、……これによつて金儲けはしない。」と云う固い約束をして、清水家から借り受け、そして寺の山門に安置して祀つたのです。
ここらの話は野沢俊雄と舘一族の是川中央保育園が、いつの間にか、こどもの城保育園に変わったように、立場の違いで言い分がことなるが、誰しもどっちが間違っているかは、押して知るべしで憶測、推測は真実とさほど違いはないものだ。

さて、野沢俊雄の管理が悪く、弁天さんを焼失した。これは厳然たる事実で、天下の宝物をむざむざ焼いた責任をどうとるつもりか。
やどかり人生は野沢個人の問題だ。蕪島神社は多くの人の心のよりどころだ。大罪を犯したという意識はないのかね。
投書にもあったように、火災保険の加入の有無、その補償額は? 幾ら足らずに寄付を願うのか、ここを明確に出来る書類がある。それは消防の、
① 火災調査報告書
② 実況見分調書
③ 質問調書
④ 火災原因判定書
⑤ 損害調査書

この⑤を開示すれば、その全貌が明らかになる。
ところが、消防はこれを開示しない

その野沢が明らかにしないカネの流れは氏子になれば会計書類を見ることで解決する。
が、氏子になってまで野沢のカネを追求する気がない。だから、内部告発を待つと記した。
野沢には知恵がない。困窮したときこそ生きる知恵が出る。学校で教わるのは知識で生きるためにはほとんど役に立たない。
野沢にはなかったが、江戸時代の宮司清水屋甚太郎には智恵があった。それが富くじだった。現今の時代、もっと面白く楽しく市民がこぞって参加したくなるようなカネの集め方がある。が、野沢に教える気はさらさらない。本当に困らないから智恵がでない。前のヤドカリを追い出し自分が入り込むことしか考えない智恵のない男に加担しなければならない義理はない。
さて、野沢がむざむざ焼いた弁天は、やはり清水屋甚太郎一族の所有していた貴重なものだった。それを記す。
浮木寺に渡ったのとは別に清水家に昔から代々祀られてあった辨財天が、もう一体ありました。これは、鎌倉時代、工藤祐経が頼朝公に従って寺社奉行をしていた当時、江の島の辨財天を作った同じ仏師に依頼し、それを模作して、工藤家で祀っていたのですが、祐経の死後、祐時が大切にお供をし、下って来て鮫浦に住み、此の辨財天を代々受け継いで、祀っていたのです。そして、海が時化で島に渡れない時、家で祭りをしたり、御祈禱をしていたのですが、蕪島には神仏分離以来、辨財天の御神像が無くなっこの御神像は座像で、高さ十六㌢、台座十九㌢、元来精巧な八臂の像で、極彩色をほどこしてあります。只、永い年月を経て、右腕が一本無く、色もあせ、模様もはつきりみえない所があります。王冠と光背は黄金色で 細かい細工が施されてあります。
厨子の高さは四十三•五㌢、巾二十ー㌢奥行十九㌢、黒の漆塗りで、扉には、四枚にそれぞれ立派な「扉絵」が精巧な極彩色で描かれてあつたと思われますが、今は色あせて見えない所もあります。
製作、勧請年代は記録されてありませんが、この棟札に、代参が行われた時からとありますから、清水家では宝永六年(約二七六年前)あたりから祀つてあつたと思われます。仏像に詳しい文化財審議委員の方々の話にょれば、この「扉絵」等から推定して、江戸時代以前(約四百年以前)に勧請されたものと考えられる、と言っておられます。
この辨財天御遷座の時の様子が、昭和七年頃、鮫青年団鮫支部発行の「鮫の土産話」の中に、次の様に述べられてあります。
「……浮木寺へ交渉し再び辨財天を蕪島へ貰ひ迎へやうと再三懇願致しましたがそれが遂に容れられませんでした、然るに大正四年に至り八戸藩主の御内神である辨財天の尊像が故あって鮫の旧家清水家に賜はりあるを聞き同家に乞ふて其年十一月盛大に遷座式を行ひ漸く蕪島に辨財天を安置して信者の渴仰を醫する事が出来ました、其の尊像は小なりと雖も往昔の美術の粋を極めたもので今鎮座しある辨財天こそ即ちそれであります。」
又、音喜多富寿先生が発行された「かぶ島の話」の中に、次の様に述べられてあります。
「御堂の横手に辨天さまがもう一つ奉祀されてゐるがこれは元藩主の内神として祀られてあつたのをさきの別當で社守をしてゐた清水屋甚太郎が請ひうけ内神として祀り風波で島へ渡れぬときはこの家で祈禱したり祭つたりしてゐたのを大正四年にかぶ島へ安置したものであると云ふ。」
これを野沢が管理不十分で焼失、その責任をどうとるつもりか。焼けたご神体を一度遷座し再建の道筋をつけなければ新しい社をつくることは叶わない。これは神道をかじったものの常識だが、野沢はそれをしなかった。此奴は資質に欠ける。


by jpn-kd | 2018-05-20 12:00 | 蕪島神社焼失事件
光星高校のバス横転 複数のけが人
光星高校のバス横転 複数のけが人
05月19日 19時38分
19日午前、おいらせ町で、高校のサッカー部員など35人を乗せたバスが横転し、顧問の男性教諭1人が腰の骨を折る大けがをしたほか、生徒ら複数が軽いケガをしました。

19日午前9時半ごろ、おいらせ町の町道で、八戸市の私立八戸学院光星高校のサッカー部の生徒32人と顧問の男性教諭ら合わせて35人を乗せたバスが、対向車線を越えてガードレールを突き破り、道路脇の畑に落ちて横転しました。
この事故で、サッカー部顧問の岩間達希教諭(24)が腰の骨を折る大けがをして入院したほか、生徒ら複数が頭などに軽いケガをしましたが、いずれも命に別状はないということです。
現場は、片側1車線の見通しのよい直線道路で、警察が、事故の詳しい原因や状況を調べています。
NHKの取材に対し、事故直前にバスとすれ違ったというトラックの運転手は、「対向車線を走るバスの速度が速いと感じたので、減速させて道路の端に寄せた。その後、サイドミラーで、バスが道路から落ちたのが見えた」と話していました。
一方、バスを運転していたサッカー部顧問の川村秀策教諭(38)は、学校に対し、「トラックとすれ違う際、左にハンドルを切ったあと、右にハンドルを切ったら、制御できなくなった」と説明しているということです。
八戸学院光星高校によりますと、バスは学校所有のバスで、サッカーの試合のため、試合会場のある青森市に向かっていたということです。
小野崎龍一校長は「全員、命に別状がなく、ほっとしているが、今回の事態を重く受け止め保護者会などを開き、生徒や保護者に謝罪したい」と話していました。


by jpn-kd | 2018-05-20 05:00 | NEWS
光星高校のサッカー部員乗せたバス横転 35人搬送 青森 おいらせ町
高校のサッカー部員乗せたバス横転 35人搬送 青森 おいらせ町
5月19日 12時10分

19日午前、青森県おいらせ町で高校のサッカー部員など35人が乗ったバスが横転し、消防によりますと、全員が病院に搬送されたということです。
19日午前9時半ごろ、青森県おいらせ町向山で、八戸市の私立八戸学院光星高校のサッカー部員など35人が乗ったバスが横転しました。
消防によりますと、全員が病院に搬送されたということです。
けがの程度など詳しいことはわかっていませんが、いずれも意識ははっきりしているということです。
現場は片側1車線の見通しのよい直線で、バスはガードレールを突き破って横転しています。
高校によりますと、横転したのは学校が所有する大型バスと見られていますが、顧問の教員と連絡が取れておらず、確認中だということです。
警察が事故の詳しい状況について調べています。
by jpn-kd | 2018-05-19 13:25 | NEWS
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える11
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える11
野沢にいかに知恵がないか、図書館所蔵の「蕪島神社」これを見てみると、蕪島神社は火災もあれば風で壊れたこともある。
都度、宮司が骨を折っている
享保19(1734)年3月3日堂宇が破損。
本寿寺より蕪島神体修復、及び堂宇再建の希望に付き、勧化を許可す、と八戸藩の達しがあった。
再建の勧化(募金をすること)、が本寿寺(八戸東高校隣)によって行われた。
ここで、智恵のある男が出た。野沢と違うのが当時の宮司の清水甚太郎。
元文2年(一七三七)、辨天堂を再建するので、白銀村で富付(宝くじ)を実施。
別当清水甚太郎に智恵があった。
野沢のように愚脳市長小林にすがろうなんていうケチな根性の持ち主じゃない。

一応、八戸藩に伺いを立てた。
愚脳市長小林と同じように、カネは出せない、税金を一神社に投入はできないと断ったと同じで、藩は時節柄財政難でむずかしいから寄付を集めて建立せよ、その代り材木はお上から下さる。
ところが甚太郎は野沢と違う知恵者だ。
「又々別当願ひ出申し候は」どうも今年は不景気で寄付ばかりでは何んとも心細い次第です、ですから富付を行って建立仕りたいと存じます。もっとも、寄付を頂く事も両方共御許し下さるように、と申し上げた。結局「願ひの通り申し渡し候様」、と言うことになり、別当甚太郎が大いにカを尽したと言う訳です。それから十ー月十ニ日、白銀村三島で富付が行われたのです。始めての事ですから地方の町々•在々から見物人が大勢集り代官や警固の足軽まで遣わされて、お祭り騒ぎのような中に首尾よく終った。その成果は、寄せ金三拾六貫文余りだったと言うことで、これが辨天堂改築に、大きな財源となった。
又くじが当ってほうびを頂いた人も三人あった


○ところが、今度は蕪島神社から出火だ。
(一七八〇)年安永九年八月二十四日、蕪島辨天堂に八戸の船頭久吉と言う者外数名が、前の晩からおこもりをし、五つ時(朝の八時頃)まで居て、その人達が引き取った後、見回りをして帰ったと言うのですが、その後昼頃火事になった。この事で甚太郎が殿様から責任をとらせられ、三日間の戸〆 (藩政時代庶民に科した正刑でない刑罰、犯罪者の門を釘づけにし謹慎させる。)と言う書付を以つて申し渡された。
野沢俊雄は何の咎めもない。
この頃、蕪島は陸続きではない。文字通りの島だけに焼けたら最後、丸焼けだ。
天明の頃は天候が悪く、不作でケガジの年が多い中に、辨天堂が全焼したのですから大変。それでも何んとかして今年造立したい。と言うので地元から再建願いが八戸藩に出された。それは、再建に使用する木材五百石分の沖の口(藩に納める金。税金。)は免じて頃きたい。又船からの相対勧化(相方の話し合で寄付を頂くこと。)を許可して欲しい。堂宇再建用に、前から用意していた木材を使いたい。
これに対して八戸藩では、この堂宇を造立する分の木材はお上から下さる。港に入って来る船からの御寄付は最近景気が悪いので、それは難しいだろうから、お上の方が金三両御寄附をする、一般からの募金も許可する。用意してある材料は使用してもよい。早く再建するように、と言う。
安永九年八月、社殿が全焼し、翌年の天明元年に堂宇が落成し、遷宮式が挙行され、それから二年後に御神像が出来上り、天明三年六月九日、蕪島辨天堂の別当正宋山本寿寺の第九世が、導師となり新しい辨財天の開眼式が行わた。
これが、浮木寺にある弁天だ。

何故、蕪島にあった弁天が浮木寺に行ったのか、それは廃仏毀釈だ。
日本民族の興隆は、大和魂の涵養にあり、敬神愛国の至誠に基く、この主旨により、邪神濫祠の淘汰せられる事となり、明治四年の発令は同七年に至り、当地方一斉に神社仏閣の検査になりました。辨財天は、神に非ざるなり、神社に於て祭祀の形体なり。かかる変形の神は濫祠として破棄すべし。として腕六本を切り落とし且つ御神体を海中に投げ入れました。
時の浮木寺住職、千葉量光氏は之を聞くや、直ちに漁船を□せて、漂い流れる御神体を拾い集めて、修理を加え、当時浮木寺に安置。

それにつけても、役人とは妙なことを平気でするもんだ。この一件もそうだが、戦争当時は役人が徴兵を行い、色々と権限を行使しそれがもとで恨まれる話を松本清張が書いていた。恐ろしいのは役人に権限とキチガイに刃物だ。
八戸市の役人に言わせれば、小川にブログと付け足したいところだろう。
by jpn-kd | 2018-05-19 00:00 | 蕪島神社焼失事件
八戸デジタル観光協会サージャ・タージマハル レグミさんの店
デジタル観光協会サージャ・タージマハル レグミさんの店
ネパールの人、八戸で十年、久慈の店が大流行。
仕事熱心、人に優しいが商売が上手じゃないけど、カレーには自信あり。



by jpn-kd | 2018-05-18 17:01 | デジタル八戸観光協会
ヤドカリ人生の野沢俊雄を考える10 余聞
ヤドカリ人生の野沢俊雄を考える10 余聞
櫛引八幡宮国宝盗難事件

神奈川県横浜市生まれの主犯犯A(38)が、宮城刑務所を出所した足で八幡宮に来たのは昭和十五年五月二十二日だった。同房者から黄金のついた鎧があると聞き、参拝者を装って宝物殿の下見にきた。前科八犯のAはこの道のプロで、東京で合いカギをつくったあと、再び、八戸に舞い戻った。地元の大工に頼み、大きな木箱を作ったあと、盗品を運ぶリヤカーも盗み、準備は完了した。
犯行は同年六月三日午前零時過ぎで、春の嵐が吹き荒れた。国宝二点、重文三点、日本刀二振などごっそり盗んだAはそれらをカマスに入れ、木箱をリヤ力—で八戸駅(現本八戸駅)まで運んだ。駅から送ったあと、本人も東京へ。しかし、あちこちの古物商や骨董屋に盗品をさばこうとしたが、あまりにも有名すぎた国宝の買い手はつかなかつた。
そこでAは刑務所仲間の岩手県黒沢尻で骨董屋を営むBを訪ねた。Bの眼力は確かだったが、処分できるほどの安物ではなかった。
Bが八幡宮の宮司を訪ねたのは七月九日だった。「あなたのたの所の宝物が売りに出されているが…」 Bは謝礼のいくらかにありっけるとタカをくくっていたようだ。捜査が開始された。盗まれた鎧などはBが保管していた。しかし赤糸おどしの吹返やくわがたなどは紛失していた。
Aが捜査線上に浮かんだのは手口の大胆さとBと刑務所で一猪だったことからだった。東京都内の友達の家で逮捕されたAは八戸に護送されたあと、本格的な取り調べがった。当時を知る八戸市売市下久根の白鳥正雄(81)さんの話だと「田舎の警察につかまったのがくやしい」と涙ながらに啖呵を切ったという。
Aは、吹返などは東京荒川放水路に投げたと自供した。捜索は困難を極めた。吹返、くわがた台、くわがたなどは発見されたが、日本刀一振はついにみっからなかった。
この事件は昭和十二年に名古屋のシャチホコから金を削り取った盗難事件と並び、当時世間をにぎわせたものだった。
消防本部からの文書開示を待つ間の、幕間話だ。
by jpn-kd | 2018-05-17 00:00 | 蕪島神社焼失事件
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える9
ヤドカリ人生野沢俊雄を考える9
平成12年から民間でも建築確認ができるようになったが、どうも野沢俊雄は建築確認の届けはだしていないようだ。八戸市役所には届けていない。これは罰金100万円対象。
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それでは、蕪島神社の建築確認はどうなっているのか、それには蕪島神社の記録があり、図面が掲載されている。
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昭和50年に新築されたが、その前はかなり荒れた状態だ。
先人が努力しすこしずつ整備し現今を迎えた。昭和50年の建築確認は出ている。
その平面図がこれで、焼失前の図面と違っている。つまり増築、改築をしているが、届けは出ていない。
これは野沢が来る前の話で、いささかも野沢は関与していない。つまり、他のやどかりが努めていた。
ここで妙なことに気づいた。消防は昭和50年の建築確認も把握していない。これは把握しなければならないことになっている。
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更に、蕪島神社焼失は八戸圏域消防の人災である。
何故、妙な結論に行き着いたか?

野沢俊雄の管理不十分も焼失の半分の責任はある。残りの半分は消防が40年も査察に入っていないことが原因だ。
小学校、幼稚園、保育園には定期的に査察に入り、その記録もある。
が、蕪島には一度も消防設確認に行っていない。
違反があれば指摘しなければならない。ところが違反かどうかも見に行かない。これは明らかに消防の失態だ。
査察記録は作成しなければならないが、行ってないので当然記録は無い。
消防本部予防課は適切な指示が出せない。
何故、やる気がないからだ。
119入電、火事ですか救急ですかと問う、そして現場に急行、この繰り返しで根本の火事を未然に防ぐを失念しているのだ。
だからこそ、起こるべくして蕪島神社は焼失したのだ。
昨日の記事でも、野沢は増改築を届けていない。火災発生は増築の台所付近との噂が聞こえる。野沢が改築したのか、そうではないのかは消防の記録を見なければ判らぬが、その部分を消防は見せない。
開示することにより野沢に不利益を被らせるおそれありとの判断が働く。
しかし、八戸市役所をあげて応援する、しかし、政教分離の建前からカネは出せないと議会で明言。
すると他人の懐をあてにする野沢としては肩すかし、そこで全国に寄付、募金を集めた。それは現在も進行中だ。
つまり、消防が野沢に不利益だということを、逆手にとって野沢は募金行為を進行中、なれば、こうした原因で火災が発生したと世間に知らしめることこそ、野沢の望むところではないか。
それを消防は拒否だ。これほど惨めだというアッピールこそ、募金を集める最大の原動力となる。また、消防は以下の文書を所有。
① 火災調査報告書
② 実況見分調書
③ 質問調書
④ 火災原因判定書
⑤ 損害調査書

マスコミが開示請求したのは①、俗にカガミという部分だ。
本質は②以下に存在する。だから、原因不明としか報道できなかった。
が、消防はこれらを不開示だと力んでいるが、不開示には二つの意味あり。
それはその書類自体がない、あるけど見せないの二つだ。
消防本部の処分決定に行政不服を唱えた者はいない。
ところが、死に損ないの小川はそれを要求。
当然、こうした流れになることを予定しない消防はオタオタの繰り返しだ。行政の手続きは法により粛々と行われる。
その手順を行政である広域事務組合の消防本部が知らないは、物知らずを露呈した。


by jpn-kd | 2018-05-15 00:00 | 蕪島神社焼失事件


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