カテゴリ:いかさま名誉市民( 32 )
いかさま名誉市民鈴木継男が出たと大嘘の箱根駅伝今年も開始

いかさま名誉市民鈴木継男が出たと大嘘の箱根駅伝今年も開始
人の話を鵜呑みにしてデーリー東北に迷惑をかけたのが副市長大平
名誉市民の鈴木継男が拓殖大で箱根駅伝に出たというでっち上げだ
また、
鈴木は得意そうに鼻息荒くしてTVで喋ったもんだ
こうしたときに、必ず裏を取る、そこで箱根駅伝年鑑を購入
嘘が判明、記録とはこうしたものだ
こんな初歩的なことが副市長大平には欠如だ
最大は、鈴木継男が熊谷義雄の選挙の買収で逮捕
選挙違反は勲章を受けられない
どこかで恩赦を得たのだろう
その選挙違反は八戸商工会議所ぐるみだと、これまた大嘘
八戸商工会議所に副市長大平から詫び状を取れと伝達したが、商工会議所はそれをやらなかった
この商工会議所も狡い体質が少しも改まらない
まあ、おいおいこれも解明するか
癌になり余命90日が300日を越えた
なかなか死なないものだ
もっとも、
国立ガン研究センターに通院しているために生きながらえているのだろう
八戸に居れば死んでいたろう
選ぶべきは病院だ、専門の医師を250名を擁する癌研東病院
天下の癌研だ
明日の4日には三回目の胃カメラ検査だで今年も開始
胃の大きな癌は消滅、肝臓転移も激減
が、
胃から採取の細胞から癌が発見され、完治とはいかない
人間がしぶといから癌もそうなのだろう
さて、八戸商工会議所の狡い手口を解明できる時間が残っているのか
また、その気になれるのか、ここらが問題
まあ、生きてるだけでも有難いもんだ
往路優勝は東洋大、鈴木継男の卒業した拓殖大も大活躍だ


[PR]
by jpn-kd | 2018-01-03 07:54 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 最終回

こんなこともあった。

鈴木継男コレクションの第二回目、来館者数は減ると読んだ小川が入場券の前売りだ。

それに反対したのが馬鹿女の山田美術館館長、入場券を前売りするところではない。と豪語。

券を売らずに入場者が増える訳もない。

委細構わず前売りを断行、あそこが、何枚、ここが幾枚と都度鈴木継男に売れた枚数を報告。

にこにこ顔で喜んでいたが、突然、二分置きに携帯に鈴木継男が電話をかけてきた。

役所で色々質問をしていた時で、電話に出なかった。

「ハイ、何でしょう」

鈴木「今、大黒の女房になった娘から電話で、お父さん、何であんなヤクザな小川に切符を売らせてるのよ、山田美術館長から怒って電話がきたわよ、すぐにやめさせろっていうんで、やめてくれ」

小川「鈴木さん、私はあんたの手下じゃない、カネも一円も貰ってない、むしろ、この切符を売るためにタクシーで動き、奉加帳を作成し予算の10万円は既に使った。娘に言えばいいでしょう、小川が勝手にやっていることで、オレは知らぬと、また、命令出来る立場にないと」

鈴木は黙った。

小川に鈴木継男ごときが命令できる立場にない。小川は気の毒な老人のために身銭をきっただけだ。それを命令口調でいうは、鈴木は分限を知らない。

小川はゼニでは動かない。また、命令されるのは大嫌いだ。

人は己の規で動く。鈴木継男は小川にキンタマを握られた。駅伝の嘘でだ。

こやつは、褒められたい一心で、嘘でも狂言自殺でも何でもする卑劣漢。気の毒な男よ。

名誉市民が自殺した。不名誉な話だった。所詮、器じゃなかった。

最後に町の噂だ。

大黒という女婿に鈴木が言った。

「オレの家を買ってくれ」

大黒「親が倅に家をくれるは分かるが買えとは何事だ」

鈴木はカネが無くなったら、大黒にこう言ったとよ。

肚の小さな哀れな老人でしかなかった。


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-24 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その29

いかさま名誉市民の鈴木継男は自分が言えないことは他人を指嗾しやらせる。

小川は何度かそうした場面でこき使われた。一円の報酬も得たことがない。年寄りの愚痴、見果てぬ夢の具現化に尽力した。

鈴木継男は八戸ガスの相談役を平成15年まで務めた。愚脳市長小林が、鈴木の家に転がり込んだのが平成17年。利害関係人で撃てる期間を微妙に過ぎた。

それにつけても、幾ら愚脳市長でも鈴木が八戸市が出資したガス会社の社長をやったことを知らない訳がない。

愚脳市長小林は、それでも鈴木の懐につけいった。気持ちの小さい奴だよ。

さて、

鈴木継男がこんなことを言い出した。

「90歳になるんだが、誰も誕生会をしてくれない、小川さんに頼みたい」

そのころ、小川は東京の赤坂のシナリオ研究所に入所、シナリオのイロハの勉強中だった。70歳でも人から教えてもらうことのなんと多いことか。世の中は知らないことばかりだ。

「鈴木さん、私が主催では波風が立ちます、適当な人物に依頼してよいですか」

鈴木「ああ、誰でもいい、誕生会が開催できれば」

そこで、現副市長の大平透に電話した。なにしろ、鈴木継男の息子の一人だ。

「やらせてください、必ず誕生会を開きます」

鈴木継男は自分の息子に言えないのかね。

頼まれれば嫌だと言わない小川をうまく使った。


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-23 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その28

結果的に蘭州はサバを一切れも買わなかった。鈴木継男が蘭州に色々と寄付をした。鈴木の得意な朝貢、へりくだって物を奉るだけ、相手はくれた物に対しては蘭州名誉市民として応えた。それ以上を何を望むのだ。だから、サバは売れなかった。

八戸市役所側はそんなことはどうでも良かった。鈴木が蘭州では偉大であったことを、理事者側も議員も一般人もが認めればいい。

これが狙いで、医師を公費で派遣しようが、サバや酒が売れなかろうが、蘭州に行き、鈴木継男の功績を認めさせるのが問題であった。吉田産業の子会社も、これに騙され自費で中国に渡った。

蘭州は遠い、天津に貿易品は集合する。その天津にこそ、拠点を置くべきで三八五はそれを何十年も前から実施だ。

中国へは中古トラックを無償で供与、物資輸送はトラックが担うの精神が、それをさせた。八戸市役所も無論、それは承知、が、その三八五のルートを使えば鈴木継男の偉大さよりも、泉山信一が光ってしまう。だから、あえて暴挙に踏み込んだ。

結論は売れない。そもそも、冷凍トラックのラインが蘭州まで届いていない。つまり、製品を運ぶ体制ができていない。それを無視して売ろう、売ろうとウロウロしただけ。

では、何故そんな愚行をしたのか。

本州の北の果ての青森県、その県南の八戸市にいて、鈴木継男がどう吠えても、蘭州の威光は八戸人は誰も知らない。

今から50年前、八戸出身の男と東京で出会った。その男曰く、「おれは八戸でも有数の資産家の倅だ。土地は三千坪もある。八戸では名家の倅でおぼっちゃまだ」

東京で吠えても誰も信用しない。まだ八戸駅が尻の内、尻の中にあったころだ。ここが八戸だ、ここで降りようと言ったが、尻の内、種差す、鮫は乗り換えだと駅のアナウンスだ。

東京で宅地三千坪はたいしたもの、ところが山林の三千坪はゴミでしかない。

鈴木継男は絵画を寄付しただけでは名誉市民は得られない。それには日中友好だと、周囲をけしかけて蘭州友好団を組織だ。なにしろ愚脳市長小林は鈴木継男の土地に隣同士で居住。

名誉市民を得たいがために画策だ。それを上手く使って出たのが副市長大平透だ。

鈴木は平成八年まで八戸ガスの社長、その後は平成11年まで会長職に留まった。

愚脳市長小林が市長就任は平成17年。

八戸ガスに市役所は毎年9千万ほどガス代を支払う。つまり、利害関係人だ。

その会長宅に転がり込んだ愚脳市長小林。

ほんとうにこの行為は正しかったのか?
[PR]
by jpn-kd | 2017-06-20 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その27

この平成22年度の視察で八戸市は220万円を計上、豊田議員らは自費参加。24年にも同様な経費を計上。

蘭州にサバを輸出したい。これは水産のみならず、18億の民を有する中国と貿易をしたいと願う業者は多い。

この努力を市側がしたことを咎める必要は無い。売れるか売れないかは現地での確認が大事だ。

鈴木継男は小川にこう言った。

「私は心臓のペースメーカーを付けている。私が蘭州に行き、サバの販売に力を貸せば、蘭州は必ず買ってくれる。市民病院の長谷川医師は公務出張で私に付き添い、蘭州に行くことになった。私が行けば必ず売れる」

と自信たっぷり。

長谷川医師は公務だったと証言。この裏をとるべく市民病院に確認した。勤務記録の保存期間が5年のため、また、長谷川医師が退職したので確かめようがないと回答あり。

さて、商談会だが、売れなかった。それも全く、全然、ひとかけらのサバも売れなかった。

平成22年9月の港湾振興対策特別委員会

◎千葉 産業振興課長 おはようございます。

 それでは、産業振興課にかかわる4つの案件につきまして御説明申し上げます。

 資料1ページをごらんください。

 1、中国との経済交流について。

 当市の友好都市である中華人民共和国蘭州市の投資貿易商談会への参加についてですが、蘭州市との経済交流の可能性を探るため、商談会に参加し、八戸市の特産品のPRを行ってまいりました。

 開催日程につきましては、去る7月6日から9日までの間、蘭州市内で開催され、当市については、6日と7日の2日間にわたり八戸の地元商社から1名と当課職員の2名が参加し、これに蘭州市外事弁公室から1名、現地で雇用したアルバイト2名の計6名でブース対応をいたしました。

 この商談会は、今回が第16回目の開催となる甘粛省最大のものでございます。

 期間中、約800社が出展し、国内外から延べ約40万人が来場したと蘭州市側から伺っております。

 今回のブースでは、水産加工品として、サンマのショウガ煮やあぶりイカ、サバずし、ちくわなど7品、日本酒、南部せんべい、洋菓子、リンゴジュースといった地場産品を提供いたしました。来場者からは、水産加工品ではサンマのショウガ煮とちくわが、それ以外では日本酒が好評でありました。

 中国への農水産品等の輸出につきましては、報告書に記載しておりますとおり規制がございます。

 例といたしまして、農産品は、リンゴ、ナシ以外のほとんどの農産品の中国への輸出が不可となっております。

 水産品に関しましては輸出可能ですが、中国向けの輸出のための工場登録と、輸出ごとに経費を伴う検査を受ける衛生証明書――これは発行手数料が1件につき5000円かかるとのことであります――の添付が必要となります。

 畜産品に関しましては、牛肉、豚肉、鶏肉とも輸出不可となっております。

今後の対応といたしましては、船会社等を訪問した企業との情報交換や現地バイヤーとの継続的な接触を図ってまいりたいと考えてございます。

 なお、このミッションへの当市の対応ですが、団長の市長ほか市長秘書、事務局として商工労働部長、産業振興課から私ほか3名で対応いたしました。

 市の対応で要した経費につきましては、市長以下6名分の合計で2188000円となっております。なお、これには前述いたしました蘭州訪問の旅費も含まれております。ほかの団員につきまして、それぞれの所属団体の負担となってございます。


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-19 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その27

また、不思議なのは莫大な金額にのぼると自称する鈴木継男コレクション寄贈にはなんら触れていないのも不思議だ。

市側は平成5年の名誉市民贈呈をひるがえした。絵画贈呈をされた事実だけでは紛糾するとの判断だ。

そこで、22年後のリベンジは日中友好を主眼に据えた。ここが愚脳市長に建言した鈴木継男の息子副市長大平透の仕業だ。

深慮遠謀、まずは市民の眼を中国に向ける。それには水産品を中国に売り込むことだと、まあ、凡人の考えることはだいたい察しがつく。

案の定、蘭州市で交易会を開く方向に舵をきった。

平成22年9月定例会

14番(豊田美好 君)、自由民主クラブの一員として質問の機会をいただきました先輩、同僚議員に感謝いたし、通告順に従いまして一般質問をさせていただきます。最後に、産業振興についてお尋ねいたします。

 1つ、蘭州市及び上海市訪問団について質問させていただきます。去る7月5日より7月11日まで、蘭州市及び上海市訪問団派遣があり、私も団員として訪問させていただきました。

 蘭州市は甘粛省の省都であり、人口約320万人の石油工業都市であります。埋蔵量は中国最大級だそうです。前回4年前には張市長でしたが、このたびは袁占亭市長にかわられての表敬訪問となりました。

 1983年の八戸市日中友好協会第4次訪問団の訪問に始まり、これまで27年間、青少年交流を初めとして都市ガス事業を通じて八戸ガス株式会社の鈴木継男当時社長の数々の御貢献により両市の友好交流が推進され、1998年には中里元八戸市長が友好交流協議書に調印されて、交流がより一段と深まり、人民政府代表、蘭州市民訪問団、文化友好交流団、蘭州からの視察団、考察団等毎年何らかの相互交流が行われ今日に至っております。

 これまで続いてきたゆえんは、やはり鈴木氏の中国に対する熱き思いによるものが大きく寄与してきたことを今回の訪問にても再確認せざるを得ませんでした。

 その1つとして鈴木文庫について述べますと、1999年に蘭州市少年児童図書館に寄附をし、鈴木文庫を設立し、2003年には再び寄附により鈴木メディア閲覧室を設立されました。

 図書2万冊が置かれ、これまで11年間で417238冊、全書籍で21回ずつ閲覧したということで、事実古びて破れかかっている本も多数見受けられました。

 また、鈴木メディア閲覧室には21台のパソコンがあり、これまで7年間で5万520人が7万7164回使用しているとのことで、驚きました。

 両市の友好往来の歴史の証明と友好の象徴として大きな役割を果たしておりました。

 今回は鈴木氏の著書「私の中国」の中国語版と、田村まさよし氏の「はちのへ」水彩画集を寄贈されました。

 この中国語版翻訳についても、中国の元大学の先生、羅寮徳氏の御厚意によるものであり、鈴木氏はまことにありがたいと感謝しておられました。

 蘭州においては、栄誉市民の称号のごとく、関係機関の方々には鈴木氏を心より大切に慕い尊敬していらっしゃることは、どこにおいてもその歓待ぶりより十分にはかり知ることができ、同行した私どももその恩恵にあやかってまいりました。

 また、今回、主治医を同行させてまでの20回目の蘭州市訪問は、鈴木氏にとりましても万感胸に迫る訪問であったことと拝察いたします。

 今回、蘭州市訪問の重点としては、第16回中国蘭州投資貿易商談会への参加でありました。国内外から約1000社が参加しているという甘粛省最大の商談会であり、今回初めて八戸市のブースが設けられ、しめサバ等の水産加工品を主にして出品し、袁市長にも試食していただき、市民にも好評裏に運ばれておりました。

 ただ、少し残念なことは、今回初めてのことで、短期間内での準備不足のため、試食品の数と量がともに不足の感を否めませんでした。次回は中国の諸事情を調査し、万全を期して臨むことを要望いたします。


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-18 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その26

平成5年市側は鈴木継男を名誉市民にすると言いながら、それを撤回した。この辺を伝達する前に、一度撤回された名誉市民が何で再燃したのか、22年も経過し愚脳市長小林になって何でまた、それを議会にそれを持ち出したのか。

それは議会が認めたからというアリバイ作りに他ならない。ところが、共産党が反対。

三浦哲郎の場合はどうであったか、平成16年9月議会を見てみる。

市長は中村。

議案第90号は、作家の三浦哲郎氏を名誉市民に決定することについて同意を求めるものであります。

 三浦氏は、八戸市三日町生まれで、八戸高校、早稲田大学仏文科を卒業。大学在学中から文学活動に入り、清冽な文体で実生活をきめ細やかに描く短編小説の名手として数多くのすぐれた作品を発表し、芥川賞を初めとした文学界の大きな賞を数々受賞いたしました。近年は、その作風にますます円熟味を加えるとともに、長編小説にも意欲的な取り組みを見せ、多くの重厚な作品を発表しており、日本の純文学界の重鎮であります。

 また、独自の新しい文学的領域を切り開くことで文壇に揺るぎない地位を築く一方、芥川賞など多くの文学賞の選考委員を務め、後進の育成と日本文学の振興に大きく貢献をいたしました。

 さらに、長年にわたる小説家としての業績により、昭和63年には青森県人として初めて日本芸術院会員に選ばれ、芸術に関する重要事項を審議するなど、我が国の芸術の発展に大いに寄与されました。

 こうした功績が評価され、平成元年には八戸市民栄誉賞を受賞し、さらに平成8年には八戸市特別功労者として表彰されたほか、現在もその旺盛な創作意欲によって執筆活動を続けておられます。その御活躍は本市の誇りであり、故郷八戸を原点とする多くの作品とともに市民に深く敬愛されていることから、名誉市民の称号を贈り、その功績をたたえるものであります。

満場一致で決定された。
[PR]
by jpn-kd | 2017-06-17 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その25

提灯持ち、おっちょこちょいでペテン師の大館恒夫が鈴木継男の名誉市民を言い出す前に、実は、この問題が持ち上がったことがあった。

平成5年のことだ、中里信男という疑惑の百貨店のような市長がいた。

この5年の6月議会開催中に、神奈川県座間の右翼団体天声会が街宣車を市役所に乗り入れ、佐々木泌尿器科が乗っ取ったひばりの里問題で、議場内で暴言、ビラを撒いて退場させられた。

その、次の

平成59月定例会

岩織マサミ議員発言。

名誉市民の提案の問題もそうです。突如提案して、思うようにいかなければ引っ込めて撤回する。私は、いいかげんなやり方だと言われても、仕方がないんじゃないかと思いますよ。

市長部局は名誉市民に該当するかを調べる。そこで前科があれば、受賞に価しないと判断し中止となる。

この時は恩赦がなく、鈴木継男名誉市民は没となったと思われる。

ところが、

90(平成2)年に藍綬褒章、95年に勲五等双光旭日章。

国が褒章を贈る場合は前科を当然調べる。

つまり、この時点では恩赦を得ていたのだろう。すると、八戸市が名誉市民を贈らなかったのには別の理由があったのだろう。

さて、それは?


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-16 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その24

坂本よしひろは鈴木継男の息子、同様に副市長の大平透もだ。

ところが、鈴木に息子とも言われないのに、おっちょこちょいの典型の議員が、提灯に灯をつけた。それも一個だけでなく、秋田の竿灯のように、重いのを我慢して、よっこらしょだ。

それが、ペテン師議員大館恒夫だ。

30番(大館恒夫 君)先ほど鈴木継男氏に名誉市民の称号を贈ることについて反対の討論がありましたが、鈴木氏につきましては、その功績はまことに多大であり、まさに名誉市民の称号にふさわしく、私は、自由民主・市民クラブ、きずなクラブ並びに公明党の3会派を代表いたしまして、本議案について賛成討論を行います。

 鈴木氏は、皆様御案内のとおり、経済団体の要職を数多く歴任されるなど、経済人としての御活躍は、県内はもとより、全国的にも大変高く評価されている方であります。

 また、鈴木氏は、文化芸術の面にも造詣が深く、市民にとりまして、すぐれた文化芸術作品に気軽に触れることができる機会がふえるなど、当市の文化振興にも多大な貢献をされております。

さすがの提灯持ちの大館も、絵を寄付したとは言えずに遠回しだ。

 これらの御功績により、市民栄誉賞や文化の礎顕彰など、多くの賞を受賞しておりますが、今回の名誉市民の称号については、これまでの産業振興や文化振興への御功績に加えて、中国蘭州市との国際交流、教育交流の面での御功績が積み重ねられたことによるものと理解しております。

 

 さて、先ほどの田端議員の反対討論の中で、鈴木氏による過去の選挙違反に関しての発言がありました。その件が既に50年以上を経た過去にあったといたしましても、その後のさまざまな御努力、御尽力の上に積み重ねてこられた鈴木氏の御功績がそのことにより否定されたり傷つけられることは決してあってはならないものであります。

 さて、鈴木氏はこれまでの人生の中で大きな3つの目標を持って生きてきたと発言されております。1つには、公益事業であるガス事業、(これは熊谷義雄の功績)さらには各種経済団体を通じての生まれ育ったこの地域への経済活動による貢献をしたい(したではなく、したいというだけのことで実績はゼロ)ということ、2つ目は地域文化への貢献、3つ目は中国蘭州市との友好交流であります。特に3つ目の国際交流は、戦時下に若くして従軍通訳として中国の地を踏んだ経験を持つ鈴木氏にとりまして、若くして戦地に散った多くの仲間たちの平和を強く願う思いを具現化するという、さきの大戦で生き残った者としての使命感から生じたものと伺っております。

 これら3つの分野について、それぞれの目標を十二分に達せられるとともに、郷土八戸の発展のため、全身全霊を傾注され、幾多の功績を築き上げた鈴木継男氏は八戸市民のひとしく誇りとするところであります。(馬鹿も休み休み言え)

 多くの市民からも深く敬愛されております鈴木氏に名誉市民の称号をお贈りしてその功績をたたえ、次の世代に語り継いでいくことこそが、今議場に席を占める我々の責務であり、市民の思いなのであります。どうか議員各位の御賛同を切にお願いするものであります。

 以上、本議案に賛成の立場での討論を終了いたします。ありがとうございました。

さすがペテン師議員、大館恒夫、嘘と誠をとりまぜての提灯、知ってる者なら、又かの話、知らぬ者ならペテン師の詐術にひっかかる。


[PR]
by jpn-kd | 2017-06-15 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その23

平成27年9月定例会で愚脳市長小林がこんなことを言った。

議案第107号は、鈴木継男氏を八戸市名誉市民に決定することについて同意を求めるものであります。鈴木氏は、中国蘭州市と八戸市との技術交流を初めとした友好交流に積極的に取り組まれ、蘭州市から蘭州市栄誉賞を贈られるとともに、両市間の教育、文化、産業交流の礎を築かれてまいりました。特に教育分野では、昭和60年に両市の青少年交流事業が開始されて以来、30年の長きにわたり、交流のかけ橋として中心的役割を果たされるとともに、蘭州市に対し約2万3000冊の児童向け図書を寄贈し、IT化推進のための施設整備に協力するなど、両市の国際交流促進に大きく貢献されてこられました。

 そして、本年からは、鈴木氏の御支援のもと、本市教育委員会と蘭州市教育局との間で教員の相互派遣研修実施が見込まれるなど、これまでの青少年交流からさらに前進した新たな教育交流が始まろうとしております。

 このような鈴木氏の国際交流、教育、文化等における多大なる御貢献を勘案するに、本市の名誉を大いに高揚された御功績は顕著であり、両市の青少年交流事業開始30周年となる節目の年に、これまで積み重ねてこられた御功績をたたえるため、八戸市名誉市民として顕彰するものであります。

 議員各位の御賛同を賜りますようお願い申し上げます。

愚脳市長小林は絵画のことは一言も言わないのが可笑しい。

物を貰って名誉市民にするのかと問われたくなかった。

ところが、それを隠しても追求した男が出た。

◆6番(田端文明 君)議案第107号鈴木継男氏を八戸市名誉市民に決定することについて反対する立場から討論を行います。

 鈴木継男氏は、中国蘭州市へ2万3000冊の本を贈るなど、当市との交流に貢献し、蘭州市からは市民栄誉賞が贈られております。これらの功績に対しては否定をするものではありません。しかし著書、写文集、私の中国では、当時の商工会議所会頭が衆院選に立候補すると、その手伝いが一番の仕事になった。恥ずかしい話だが、選挙運動中は当選させることしか頭になく、勢い余って過ちを犯し、3週間の監房暮らしと1週間の拘置所暮らしを経験した。大いに反省したが、後の祭り。人生の汚点であると述べておりますように、選挙違反で公民権停止の刑罰を受けております。八戸市名誉市民条例では、郷土の誇りとして市民から深く尊敬されている者に対してとされており、全人格が求められるものと思っております。

 今回の提案は、この条例に照らしても、名誉市民の称号を贈ることについてはふさわしいことではないと思いますので、反対をいたします。

 以上で反対討論を終わります。

ここでも副市長大平透が書いた「私の中国」が問われている。

大平はとんでもないことを犯した。

共産党は気づかなかったが、その前科一犯の事実は誤認があった。

意図的に八戸商工会議所ぐるみという記述を見逃した。

共産党に調査する能力があれば、この時点で大問題に発展した。

ところが、事実を捉える能力が欠けた。

ここで紛争ともなれば、副市長大平の進退問題にも発展しただけに惜しい、惜しい。



[PR]
by jpn-kd | 2017-06-14 00:00 | いかさま名誉市民


ブログで行政改革をめざす日本救護団 080-9850-5240
メルマガ-まぐまぐ

メルマガ購読・解除


 

カテゴリ
タグ
以前の記事
記事ランキング
検索
楽天
その他のジャンル
画像一覧