2018年 02月 01日 ( 2 )
11人死亡、無届け老人ホームか…札幌市調査へ
11人死亡、無届け老人ホームか…札幌市調査へ
2018年02月01日 21時21分
 札幌市東区の生活困窮者向け共同住宅「そしあるハイム」で1月31日深夜に発生し、11人が死亡した火災で、共同住宅を運営する合同会社「なんもさサポート」(札幌市北区)は入居者からの生活保護費などで施設を運営し、食事を提供していた。
 60歳以上の入居者に食事などのサービスを提供する場合は有料老人ホームと認定され、防火対策が義務づけられる。市は無届けのホームにあたる可能性が高いとみて調査に乗り出すが、同様の施設は全国に多数あり、専門家は「無届け施設の防火対策が急務だ」と指摘している。


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by jpn-kd | 2018-02-01 23:32 | NEWS
5代目古今亭 志ん生

5代目古今亭 志ん生(ここんてい しんしょう、1890年〈明治23年〉6月5日 - 1973年〈昭和48年〉9月21日)は、明治後期から昭和期にかけて活躍した東京の落語家。本名、美濃部 孝蔵(みのべ こうぞう)。生前は落語協会所属。出囃子は「一丁入り」。戦後の東京落語界を代表する落語家の一人と称される。この年、勲四等瑞宝章を受章する。
1968年(昭和43年)、上野鈴本演芸場初席に出演。これが最後の寄席出演となった。同年10月9日、精選落語会に出演。これが最後の高座になる。この時、「二階ぞめき」を演じていたはずが途中で「王子の狐」に変わってしまったことをマネージャーである長女に指摘されたため以降高座に上がらなくなったが、5代目志ん生当人は引退した気などなく、少し休んでやがて高座に復帰する意志は持っていた。
1971年(昭和46年)12月9日、妻りん逝去。12月11日に葬儀が行われる。その翌日には8代目文楽が逝去。晩年の文楽は寄席や落語会に出演せず引退同様の状態であったが、高座に上がる気持ちは持ち続けていた。この年、すでに高座を去っていた文楽がウイスキーを土産に志ん生を訪ねて歓談し、別れ際に「二人会の相談をしよう」と呼びかけていたと家族が証言している。妻の葬儀でさえ涙を見せなかった志ん生だが、文楽の訃報を聞いて「皆、いなくなってしまった」と号泣した。
1973年(昭和48年)9月21日、自宅で逝去。享年83。



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by jpn-kd | 2018-02-01 00:00 | 忘れられない芸人


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