ヤドカリ人生野沢俊雄について考える2
ヤドカリ人生野沢俊雄について考える2

平成28年2月3日付けのデーリー東北は次のように報じた。
八戸・蕪島神社焼失
出火原因「特定に至らず」消防本部結論
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昨年11月未明に八戸市鮫町の蕪島神社が全焼した火災について、八戸消防本部が出火原因を「不明」と結論づけたことが2日、本社が八戸消防本部に対して行った行政文書開示請求で明らかになった。担当課は「出火当時の現場状況や電気系統など、調べを尽くしたが、原因の特定には至らなかった」とした。
八戸警察署は神社火災は11月5日午前4時20分発生、木造平屋の社殿約280平米を全焼。出火当時、敷地内に人はいなかった。神社内の火災感知機器が作動し、警備会社を通じ110番通報があった。
八戸署などは、付近に火の気はなかったとしながらも、不審人物の目撃情報もなく、施錠されていた建物の高い位置が中から燃えていた状況から、放火などの事件性は低いとしていた。
小林市長は火災当日午後、報道陣の取材に応じ、来年の北海道新幹線開業に当たり国立公園をPRする目玉が焼失したことは大きな影響があるーとし「整備事業は計画通り進め、それと合わせて神社の再建が早く進むよう、各方面の関係者に働きかけていく」と力をこめた。
ここで、野沢俊雄のヤドカリ人生を振り返ってみよう。
蕪島神社の歴代宮司、石井昌胤、前田亀造、野沢俊雄となるが、これにはいきさつがある。

野沢俊雄の略歴は昭和25年生まれ、東京で誕生の模様、國學院大で営田櫛引八幡宮の娘と出会い、八戸の地に足を踏みこむ。
そして櫛引八幡宮に勤務することになる。野沢俊雄34歳、男の盛りだ。
昭和59年11月7日のデーリー東北新聞の広告に野沢俊雄の名がある。
拝殿造営・境内整備事業
南部一宮八戸櫛引八幡宮 きょう11月7日竣工奉祝大祭

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ごあいさつは営田(つくだ)新三郎宮司、櫛引八幡宮新拝殿建設委員に次の人物名あり。
責任役員総代長池田宗昭、直前総代長大久保弥三郎、会計長山田賢一、建設委員長中川原啓介、責任役員三浦彦八、石橋直成、舘ヨイ(この人物を記憶にとどめていただきたい。野沢俊雄を助け、それが野沢のその後の生命線になる。野沢がいかに人脈をうまく辿って行ったかの証拠になる重要な人物)
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後藤俊春、板垣弘一、田名部英子、諏訪内一、長根稔、田島英、田中栄助、於本功、地代所利男、岩沢富士、竹高肇、出町三之助、山田源之助、石橋三太、禰宜野沢俊雄(34歳・禰宜は下から二番目の位、一番下が権禰宜、権は借りのという名称。神社では宮司にならなければ何の権限も持たない)
事務長営田秀作とある。
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野沢俊雄は、それでもまだ櫛引八幡宮とは表面的には良好な関係だ。


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by jpn-kd | 2018-05-06 00:00 | 蕪島神社焼失事件
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