つまり、鈴木継男は商工会議所の役員でもなんでもない、惨めで儲けの少ない、いつ倒産してもおかしくない零細商店を経営し、長谷川から高の知れたカネを買収資金として受け、それが発覚し検事勾留、罰金刑に処せられたと推測できる。
つまり鈴木継男は前科一犯なのだ。
これを哀れんだ熊谷が商工会議所で採用したというのが、正しいのだろう。
それを商工会議所常務理事時代と記せば、これは大事件だ。
が、これは鈴木継男得意のホラ話だ。
それを、大平透は話の裏もとらずに、年月日もまったく違う話を、そのまま記載。
これは編集者として失格。
他人の文書を編集する際の決まり事を守れない、あるいは大平透にはその程度の基本知識も欠落しているのだろう。
これを八戸商工会議所山内専務理事に伝達。
こんな嘘が通るようなら、八戸商工会議所が選挙違反をしたという不名誉になる。
小川「鈴木継男は本当に常務理事で選挙違反を会議所ぐるみでしたのか?」
山内「理事で選挙違反をすれば解職となる。また、会議所ぐるみで選挙違反をした事実はない」
小川「それならば、大平透に東奥日報、デーリー東北に謝罪広告を出させろ。文書で申し入れをしろ」
山内「文書でなく口頭で申し入れをする」
こんないい加減な大平透という男が八戸市の副市長に収っているのは市民にとっては迷惑以外の何ものでもない。
編集すらできない、能力の低い大平に副市長が務まるのか。
鈴木継男ゆずりの話を曖昧にし、悪い所は切り捨て、鈴木継男の都合のいい自伝に仕立てた、大平の行為は糾弾されるべきで万死に値する。
自伝は後生の人の指針になる本だ。それが都合良く潤色されている、では真実は伝わらない。それを敢えて都合のいい本に仕立てた大平は大罪を犯した。
世の中、どのように時代が変わろうとも肩を持つ人、批判的な者と分れる。それは人間の宿命ではあるが、都合のいい甘ったるい文章では人は呆れて最後まで読まない。
後生の人間が鈴木継男を調べたとき、大平の手口にひっかかり、年月日もいいかげん、事実と違う話を飲み込まされてしまう。これは拙い。
ことほど左様に人は死んでも本は残る。ここに書籍の面白さがあり、重要性があるわけだが大平には編集者としての能力が欠如しているため、鈴木継男がよろこぶ本をねつ造した。これは人間として最低。
つまり、鈴木継男自伝は読むに値しない、くだらぬ本になってしまった。八戸副市長大平透のために。
大平はこれを恥じよ、いかに自分の能力が低く、ために商工会議所の名誉を毀損してしまったことをどう詫びるのか、詫びぬなら詫びさせる手段方法は幾通りも存在する。
間違い、聞き違いは世の中には多い、自身の失敗をどうとるのか、出処進退を誤れば人の物笑いとなる。