沖縄のはなし 前泊博盛 「日米地位協定入門」16
若泉は外務省を通ずることなく独自に米国首脳と面談し、沖縄返還の条件を探る
それが、核付きということ
それを佐藤首相に伝える
密約だが文言にして残す
それを外務省が正式文書にした
密約を密約と知っていながら国民にはそれを隠した
若泉は沖縄の本土復帰のためには、方便として核の容認をした
実際、横須賀寄港の米艦船には核は搭載されていた
それを日本政府はないとしてきただけ
若泉の判断は決して間違ってはいなかった
が、
この男は思い込みと錯覚が強い
先ず本土復帰、それが沖縄県民の願い
だが、復帰した後も沖縄の実情は変わっていない
むしろ、
悪くなった
それを若泉は悔いた
己が良かれとした沖縄復帰の付帯条件が今日の沖縄を招いたと
若泉は不運だった
この後も北方領土返還のような密使役が付与されれば、沖縄問題の次は北方と自分の任務を冷静に見れた
が、
歴史の表舞台に出るようなイベントはそうそうあるものではない
黒子はもとの部屋の帰った
そして、沖縄県民に申し訳の立たないことをしたと悩む
そして死に価する罪を作ったと思い込み太田県知事に沖縄県立戦没者墓苑で自死すると手紙を送付
が、死にきれなかった
そして66歳で青酸カリで服毒自殺
人間は思い込みと錯覚に衝き動かされる
若泉が悩んだこと
それは冷戦下では米軍基地は必要であった
が、
アメリカはそのまま沖縄にとどまり続けている
それに悲憤慷慨した
しかし、
その根源は前泊のいう日米地位協定の改定が先だ
若泉ほどの男にそれが見えないはずはない
しかし、若泉はそれに目を向けようとせず、密使役を頂上と思い込んだ
日本の抱える問題は日米だけの問題ではない
北方領土は70年も未解決だ
対米従属ではロシアとの話し合いも出来ない
日本が独立国であるなら、対米一辺倒ではなく国益のために全方位外交が必要
陸軍中野学校の創設者岩畔の下には末次一郎がいた
この男の思想は日本固有の領土の奪還である
ために北と南を睨み行動を続けた
佐賀県出身。佐賀商業学校・豊橋第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。
戦後は、国家的に重要な課題に率先して取り組み、終生その活動を継続した。その活動はしばしば他に誰も取り組む者のない先駆的な活動であり、知恵と勇気を尽くして挑戦した誠実一心の生涯であった。
終戦直後、昭和24年8月15日創設された日本健青会に参画し、副委員長、委員長を務める。
最初に取り組んだ課題は、海外抑留者の引揚げ援護・促進、留守家族への支援、「戦犯」として各地に収容されている人々の家族の世話であった。
東京都引揚対策審議委員会委員、海外抑留胞救出国民運動総本部理事・組織部長として昼夜を分かたず活躍したのは25歳の時である.昭和27(1952)年にカナダのトロントで行われた赤十字最高会議に日本代表団の一員として参加し、中ソ両国の未帰還同胞の引揚げ促進を強く訴えた。つづいてアメリカ、フィリピンを訪問し、「戦犯」の釈放促進を働きかけ、その実現に貢献した。
朝鮮半島、台湾出身「戦犯」への支援
こうした支援対象には朝鮮、台湾出身者も少なくない.特に、支援する者が全くなく、対日協力者のレッテルを貼られて帰国できない朝鮮、台湾出身者に対しては、釈放後も宿舎や就職の斡旋に努め、とりわけ、タクシー会社の設立のお世話をし、さまざまな指導と支援にあたった。
こうした先達がいながら若泉は狭量だった
自分の人生、他人がどうこう言う筋合いではない
が、
若泉は思い込みが強く、密約の密使として働いたことを文春から出版、それが「他策ナカリシオ信ゼントホッス」だ
このタイトルは日本の誇る外交官陸奥宗光の著書、『蹇々録』(けんけんろく)にある言葉だそうだ
一国の外務大臣と密使を比べるも不遜
が、若泉に自負があったのだろう
錯覚だ
己がし残した仕事を後進に託するの気持ちも持ちえなかった
密使暴露で国会で呼び出しがあると弁護士とその対応策を練る
が、著書は一顧だにされない
あせった、悶えた
そしてせめて武士らしく死のう沖縄戦没者墓苑で自死を公言し、しえなかった
密使、忍者は闇の世界にあってこそ、役割を果たす
それが白日の下に出れば、眩さに動きはとまる
己の力量に溺れ、己を過信した結末がこれだった
一人の力で沖縄を変えられるはずもない
コザ暴動のような散発的なものでは鎮圧されればおしまい
日米地位協定の改定は民衆の総意でしか行いえない
小指の痛みを全身に知ってほしい
沖縄の痛みを日本全土でわかちあってほしい
この運動は地から沸き出すマグマと同じで、いくら収まったように見えても決して死んではいない
翁長雄志のようなヤクザの言いがかりを国につけるより、前泊のいうように、日米地位協定をどこから見直させるのか、それを言い得るのは痛みを抱える沖縄県人以外にはいない
だからこそ、
琉球新報も記事として取り上げている
47人の囚人がぶちこまれ、一人だけ残り、他は全員釈放された
それが沖縄の軍政下だ
名ばかりの本土復帰、韓国は地位協定を二度に渡り改定させる
目先に同じ血の流れる北朝鮮と対峙しながらも言うべきは言う
日本人で地位協定を声高に叫ぶのは沖縄の新聞だけ
忘れるな、
小指の痛みを全身に知ってほしい
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by jpn-kd | 2015-09-19 00:00 | 沖縄
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