八戸の消防団についての考察1
昔、村八分ってのがあった
部落で悪しきことをした者への制裁をいう
それでも、二分が残った
それは、火事と弔い
火事が八分の家に発生
すると、昔は藁屋根だから、飛び火で部落の家が焼ける
水は高いところから低い所へとながれる
ところが、火は低い所から高い所へと探ってあるく
馬鹿と煙は高い所へあがると昔から言う
チョロチョロ燃えた火は、壁を伝わり屋根へと抜ける
屋根を突き破った炎は、仲間を求めて飛び歩く
これが飛び火だ
隣の家にうつるのではない、いきなり遠くの屋根に音を立てて移る
部落全体が焼け落ちるのに時間はかからない
昔は消防車もない
火が出れば家財道具を運び出すだけで精一杯
1923年の関東大震災も、このDNAが作用
大八車に家財道具を積み、本所の被服廠跡の公園へ逃げ込んだ
そこで3万5千人が火災旋風で焼け死んだ
その場で火葬され、3・11の災害がれきのような人骨の山ができた
付近を歩くと悪臭で耐えられなかったと記されている
近くの清澄庭園は紀伊国屋文左衛門の屋敷、それを岩崎弥太郎が買い取り庭園を整備、そこへ近隣の人々が逃げ込み、多くの人命を救った
シャープの早川の妻子も、ここへ逃げ込む途中で焼死
早川はシャープペンシル工場拡大のため、大坂の文具問屋から借金、その返済のため大坂へと転じた
天才・早川は関東大震災がなければ、東京・本所で能力をふるった
それが、火災で運命が大きく狂った。
火事と災害は人生への重圧は大きい
この火事に備えて火消しが誕生
江戸の昔の話だ
火消しというが、燃えている家の飛び火を避けるため、火の通り道の家を取り壊す程度
水をかけて消すなどということは全くできなかった
江戸の昔に竜吐水という設備があったように言うが、天水桶に溜めた雨水を水鉄砲程度の竜吐水でどうやって消せる?
火を実際に消せるようになったのは明治10(1877)年の腕用ポンプ国産化による
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by jpn-kd | 2012-03-26 11:57
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