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聞かぬうちはまだしものこと、聞いたからには、武士と生まれた悲しさは、狭い道を拡げて通るが、おのが稼業、庶民の難儀を救うため、国・県・地方行政を斬って斬って斬りまくり、生活弱者・障害者及び高齢者の救護にあたり明るい社会を打ち拓く、これを信条として、「日本救護団」を立ち上げた。
待機児童零作戦、これは従来の定員を25%まで増していい、と言う国の苦肉の策。産めよ増やせよの戦時中の国策で、団塊の世代の先走りが戦中生まれの高齢者に首を突っ込んだ「日本救護団」団長の世代、戦争が終り空襲に怯えずに暮らせるようになり、団塊の世代の誕生だ。これらの子らの世代が、日本の政治に不審を抱き、子を産まなくなった。
子がいないは国の宝の減少、人は石垣、人は城だ。それが壊れて、生涯の借金を背負って家を新築。そのため共働きだ。それを助長しないと経済が混乱する。米国を見ろ、住宅をとられた人が難儀をしている。
人間なんてのは収入は減らないを原則として借金をする。だから、ホームレスになる。昨日までは床暖房の家にいた。今日からはブルーシートで床にダンボールを敷く。床ダンボールだ。大した差じゃないと笑える奴は強い。だが、珍しいぐらいに、そうした豪胆な者はいない。
皆、頭を抱える。「国宝八戸土偶」のようなもの。懇願合掌の後は頭を抱えるのサ。
さて、保育所の入所は毎月1日と16日。14日に16日から入所してくれと言われても、有難いけれど保護者の都合もある。長坂保育所は4歳児、ここは何歳児が対象になったかは知らぬが、16日は無理で、6月1日からとなった。
これで二人が救護された。今回の「日本救護団」の動きで三人が切り捨てから浮かびあがった。三人目の紹介は明日のココロだ。
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