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沖縄の戦後5 「戦後の沖縄 たばこの歴史」から
日本本土も焼土から復興にたちあがり復興資金を使い、産業が再開され、その本土復興の役に立つと沖縄への物資貿易を認めようと総司令部と琉球軍司令部が決定し、日琉間の貿易・決済方式が決まった
昭和25年2月住民待望の日用品が本土から輸入された。石鹸、タオル、マッチなどを手にした人びとはお祭り騒ぎを呈した
これが貿易ブームの始まりとなった
本土の通貨は1ドル360円と決定したのが24年4月、沖縄はB円が1ドル120円となった。軍政長官の許可制で民間貿易が認められた
沖縄では従来は1ドルが50円であったが、それが120円になったことは、軍労務者に支払う給料が倍になったことであり、本土との貿易には三倍の力を持ち、B円建ての輸入は有利になった
米軍は軍労務者の雇用確保を容易にし、賃上げに伴うインフレ化を輸入で防止、豊富な物資供給が可能となり一石三鳥を得た
これが「基地依存型経済」となった
米国政府は沖縄の基地を長期保有することを決定し予算を投入し25年以降、米軍による基地建設費用は27年までに2億7千万ドルに達した
未曾有の大投資が沖縄という淡路島の二倍の面積の地に投入され、港湾・道路・軍施設・兵舎・宿舎・倉庫を台風から守るべくコンクリート造りとした
軍工事は国際入札、建設資材は本土調達と決し基地工事は本土に多大な経済効果を与えた
業者はアメリカ5社、本土業者20、沖縄は国場組1社だけで他は下請けとして労働力を提供した
これにより遊興飲食業が活性化した
軍政府は1億B円の復興基金を出資し「復興金融基金」を創設し琉球銀行を通じて貸付すると、住民は住宅建設のために基金の6割を使った
復興基金は昭和28年までに10億円を超えた。
これにより製造工業も勃興し大型分蜜糖工場、共同製糖工場、醸造、窯業、瓦工場、鉄工、造船、ゴム、たばこ、製氷などへ融資が拡大した
戦時占領をする米軍のために農耕地面積は戦前の3割、地籍台帳が戦災で消失したために所有権が不明となり沖縄の農業は農家当りの耕地面積を半分にした
米軍政府が土地の所有権証明申請を認めるようになったのは昭和25年、証明書発行は26年であり、自分の土地を占有された農家の不満はくすぶり続けた

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by jpn-kd | 2014-12-31 07:19 | 沖縄
沖縄の戦後4 「戦後の沖縄 たばこの歴史」から
昭和23年、連合国の軍政下にあったドイツで通貨改革を原因としてソ連がベルリン封鎖をした。昭和23年、分割占領された首都の全体をどこが支配するのかを巡って対立が起こった。さらにソ連はドイツとの戦争で甚大な被害が出ていたため取れるものは全てとるという方針をとったことから、早期復興を目指す西側3か国と対立した(当初はフランスもドイツに早期の賠償を課す方針だったが、ソ連への対抗上米英と同調せざるを得なくなった)。そのような対立の中、ソ連は西ベルリンへの交通制限を西側へ通達。
4月1日に、ソ連軍政当局は西ベルリンへ向かう人員や貨物について検問を強行し、西ベルリンへの物資搬入にも制限がかけられた。さらに、5月にソ連が6月24日に東側領域において通貨改革を実施することを宣言すると、すかさず西側も6月20日より西側領域でも通貨改革を実施すると公表した。この結果、マーシャルプランに保障される西側通貨(マルクB、ドイツマルク)が力を持つようになり、東側の通貨改革は失敗することとなった。
反発を強めたソ連側は、6月24日より西ベルリンへの陸路の完全封鎖を実施。鉄道は運休し、運河を経由した船舶輸送も停止され、検問所にはバリケードが設置されて物流を完全に停止させた。東側占領地域からの西ベルリンへの電力供給も停止された。さらに政治宣伝を行い、西ベルリン市民の取り込みを図った。ソ連側は、物資不足に反発した西ベルリン市民により暴動やストライキが発生し、やがて社会主義革命が発生することを期待していた。そして、西側に西ベルリンの支配を放棄させることを狙っていた
ドイツから賠償を取れるだけ取ろうとするソ連、その理由はソ連がベルリンを陥落する際、多大な犠牲を出したからだ。
フランスも賠償を狙うが西側の歩調に合わせた。
敗戦国日本も戦後賠償を支払う。フィリピン、ベトナム、ビルマ、インドネシアの4カ国に3643億4880万円を昭和51年まで支払い続けた。
この冷戦の激化で極東における沖縄の重要性は増し、軍政下にあった沖縄を米国政府が財政負担をしてでも支配し続けることに決した。
本土と一緒のガリオア資金援助は沖縄別枠になった。
24年からはエロア資金援助も開始となり、米国は琉球軍政府を打ち出した。
軍政下の統制経済から配給ではない直接売買を個人に限り許可。
これにより闇市が出現した。
23年5月、中央銀行敵な「琉球銀行」を設立。株の51%を米軍政府が握り人事権をも掌握。
通貨をB型軍票とし、新日本円は排除され経済面で沖縄は本土から隔離された。
昭和33年にドルに切り替えられるまで、特殊通貨のB型軍票という孤立した基地経済に取り残された。
米軍補給物資運搬のため民政府にLST軍用船舶22隻が貸与され、海上間の物資輸送が開始され、陸上では軍用トラック20台の貸与でバス運行が22年8月から開始となった。
25年公営バスが廃止となり「沖縄バス」「協同バス」「首里バス」の民間バスが誕生した。
海運は23年「琉球海運部」が軍政府の直轄機関として設置され、これが25年「琉球海運」となり軍政府から米軍船舶を借り委託契約として海運を担った。
ガリオア資金援助で貨客船とタンカーを得るが本土との就航は保留となり、大阪商船、三井船舶などの代理店業務を請け負うだけだった。




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by jpn-kd | 2014-12-30 06:05 | 沖縄
なはしのはなし 22 業務委託の積算根拠
民間に業務委託をするとき、原価が幾らになるかを積算する
これは当然のことだ
はいさい市民課に移転届けを出しに行った
そのときに住民基本台帳カードの暗唱番号を書け
社会保険を提示しろと不必要なことを強要する
妙な職員だと思っていたら、これらの窓口担当は業務委託を受けた民間業者だった
これら40名が窓口近辺でウロウロ
市民課長に職員に対応を徹底したかを訊いたときに判明した
受託している業者に間違ったことを教えれば、それは間違う
委託業務内容が不徹底だから発生する事故だ
その業者に業務委託をするとき、積算根拠なしに発注はできない
その積算が出来ないのが当然だという法規班員の頭がおかしい
積算ができないから一者随意契約でいいでは、幾らかかるかを相手まかせになる
これは業者と癒着でしかない
ちゃーがんじゅう課長は重量税の知識がない
本来、委託契約をするときは人員何名、ガソリン代幾ら、車両保険がと細かく計算を出し、おおよそこれだけかかると、予算を立てる
それが出来ずに相手任せではお寒い現実
それでいいとする那覇市役所の態度が間違っている
本来、自分たち所有者が支払うべき重量税を積算していないなら、その分を市役所が支払う
これは当然だ
それをしたのかとちゃーがんじゅう課長に問うと、一切が見積もり書に出ているので間違いはないという
間違いがあるから、自分たちで積算する
積算もせずに委託はできない
那覇市役所はどうなっているのか
管財課はバス二台の存在も知らない
法規班は自分たちで積算は来ないと明言する
これでは、血税の垂れ流しだろう
市役所職員が本来すべき行為を業務委託する
経済効率もいい、また、専業で習熟度が増すと利便性がある
業務委託自体はすべきだ
手足を頭がすることではない
市役所職員は頭だ、業務委託業者は手足だ、棲み分けをすべきだ
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by jpn-kd | 2014-12-29 04:28 | 行政ネタ
なはしのはなし21 間違った指導の那覇市役所法規班
ちゃーがんじゅう課長がシルバー人材センターとの委託契約をしなおさなければいけないかと訊きに行った
行った先は法規班だ
法規班は市役所全般の行為が法に合致しているかどうかを問われれば調べる
ここが違反でないと判断すると、その線に沿って進む
それほど傍目では大した機能もしてないように見えるボンヤリとした存在だが重要な部署
そこに、ちゃーがんじゅう課長は出向いたそうだ
この委託契約は車両重量税をシルバー人材に払わせていることが間違いだ
契約書には重量税負担をシルバー人材に願うとは書いていない
役所の所有物の税負担は役所がする
自動車税は地方行政は免除
だから重量税も免除だと短絡している
ところが車検時には重量税は負担しなければならない
そもそも、こんpちゃーがんじゅう課が所有するバス二台は市役所の管財課のリストから洩れた認知されていない存在
いわば私生児だ
だから、この契約は無効だ
こう言ったところ、ちゃーがんじゅう課長は法規と相談するとのこと
だいぶ時間が経過したので電話をしたところ、課長は年末休暇で来年まで休みとのこと
そこで、法規班に出向いた
すると、たしかにちゃーがんじゅう課長は相談にきた
が、契約は有効だという
Q市役所の車の税負担は市役所がするべきではないのか?
A契約を合意したのだから契約は有効だ
Q契約書に添付されている見積書には税負担は記されていない
Aお互いが合意すれば契約は有効だ。シルバー人材センターが委託行為ができない価格であれば拒否すればいい。契約はお互いの合意だから、税負担をしろと書かれていなくとも有効だ
合意か合意でないかの言葉を繰り返す係員、そこでこんなことを思い出した
強姦されたと主張する女、裁判官はこう訊いた
そのとき貴女はハンカチを敷いて強姦されたのですか?
ハイ、そうです
ハンカチを敷く時間的余裕があったなら強姦ではなく和姦だと判断
ハンカチ一枚が強姦と和姦の差だ
法律のぬけあな集にあった話だ
委託契約を那覇市役所と民間が結ぶ
この場合、民間から見積をとらなければならない
それも二者以上から
二者以上から見積を取らないと、保育所は県から指導を受ける
一者随意契約では税金を余計に支出するおそれがあるからだ
見積を二者から取っていないと言うと、この法規班の係員は強弁家で、
Aできるかぎりです。一者でもいい
Q業務発注をするにあたり、担当課は積算根拠を持ち、それにより発注をするので、担当課は本来支払うべき、市役所が所有するべき重量税を負担させた。これは税の根本である所有者負担の原則に反する
A担当課が積算根拠をだせません
Q委託を願う場合には担当課はそれをしなければならない
A誰もが積算根拠を示すことはできない

この班員とは最初から議論が噛み合わない
市役所が業者に委託を願うときに、幾らかかるかを計算できずに発注する者がいるのか
おおよそ、これこれの時間と使用する部材に架る原価を求め、更に労賃を加えることぐらいは常識で可能だ
それでも判らぬときは業種により部材価格一覧などから求めるように指導されるものだが、それを全く放擲して、職員には積算根拠の計算ができないと主張
これでは話にならない
Q委託をするときに見積明細を徴収するが、その明細に重量税が記載されていない
A入札に見積をつけますか?

今度は開き直って筆者に質問してきた
これは交渉術としては稚拙な手口だ
これは元返しという禅宗の坊主が得手な手口
が、これをひっくり返すのは容易だ
そこで答えた
入札は仕様書が既に配布され、入札指定日にはそれら仕様書から割り出された計算結果を金額だけ記すもので、仕様書に沿った金額だけを記入する。つまり、積算根拠を担当部署は作成し入札に及んでいる
すると、形勢が不利とみたか、契約は有効だと繰り返す
Q法規班は契約書に添付された見積書を見たのか?
A見ていないが有効だ
Qちゃーがんじゅう課長が契約書が有効か無効かを問うたのではなく、重量税は本来市役所が支払うべき、これが税の根源だが、民間に支払わせるのが正しいのか?
A契約書が有効なら支払わせることができる
Q契約書にはその記載はない
A嫌ならシルバー人材は断ればいい

ここでこの男とは議論にならないと思った
シルバー人材センターや社会福祉協議会は市役所から補助を得ている
補助を得ている人間が、拒否をできる立場にない
つまり、市役所はごり押しできる立場だ
Q法規班はちゃーがんじゅう課から見積書を入手し、そこに重量税負担の文字が記載されていなければ、その語句を追加記入されればいい。そして次年度からは重量税も負担した金額で契約をすればいい
A次年度からは必要であるならば契約書に追加しろと説明した
Q今初めてそれを言い出しましたね、不備であるならば次年度からは追加しろと
すると係員はどぎまぎしながら、
A言った
つまり、法規は契約書を見ずに相談にのり、適当な語句を並べて問題解決をしたように装っただけだ
その結果を得ながらちゃーがんじゅう課長は、問題提起した日本救護団に結末を告げずに一週間だか二週間だかの休暇に入った
足があるので、法規班に出向いたところ、いい加減な結果を導いていたのが判明したので、
ご自分の目で見積書を御覧になるべき、そして、重量税負担の文字はないのを確認されてからお話をしましょうと辞去
この見積書はすでに、このブログでは写真入りで掲示
法規班はこのブログを御覧になっておられぬ模様

さて、また来年

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by jpn-kd | 2014-12-28 05:02 | 行政ネタ
沖縄の戦後3 「戦後の沖縄 たばこの歴史」から
占領軍政下にあることは日本の法律にしばられない
生き残った人びとは新たな価値観が必要になった
たばこは専売制、これが敗戦で沖縄には存在しなくなった
専売事業所に勤務していた56名のうち22名は戦病死、たばこ小売人は千名、耕作者450人が従事
戦前は葉たばこは本土に送られ、製品が卸され沖縄で小売人に渡されていた
ところが専売ではなくなり、葉たばこを刻んで販売するようになった
昭和21年2月、戦勝国からなる「極東委員会」がワシントンで開催され日本占領の最高機関となった
GHQは琉球諸島を政治・行政上から完全分離したが、これは米国政府の公式意図ではなく、軍の単独行為であったが押し切られた
沖縄は米軍が占領する基地であり、アメリカの施政権は及ばない
つまり言葉を英語にする教育面からの改革はしない
米軍は土地は必要とするが、島民は面倒な存在でしかなかった
21年4月から沖縄人による中央政府が設置されたが住民管理の代行機関でしかなかった
本土では経済再建のために石炭・鉄鋼などの基礎産業に力を入れ傾斜生産方式をとり、再興への道すじを立てた
沖縄にはそうした風は吹かなかった
本島だけでは物資不足で補うためには貿易が必要だと軍に訴えても株式会社の組織も認可が必要であった
離島は戦災の被害がなかった
離島との物資輸送も認められず闇取引が横行した
これは管理する側の物言いで、生きていくためには何でもしなければならない
人類最古の商売が売春
次が密貿易だ
日本とドイツを滅ぼした戦勝国の間での駆け引きが開始となる
戦勝国間での世界制覇だ
昭和22年から冷戦が開始となり、沖縄の地に変化がみられた
本土決戦の橋頭堡でしかなかった沖縄が共産主義への防波堤の重要基地となった
沖縄の基地保有と拡張が米政府の認めるところとなり、単に軍政下におかれたのではなくなった
ここに重要な転換がある
沖縄に対してガリオア資金援助が行われることになった

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by jpn-kd | 2014-12-27 08:53 | 沖縄
沖縄の戦後 2 「戦後の沖縄 たばこの歴史」から
収容所はテント小屋、あるいは家畜小屋でかつての生活した土地への回帰願望は増した
目と鼻の先の自分たちの土地へ行かれない辛さは本土の人びとには理解できない
こうした家畜なみの捕虜生活の中、昭和20年10月九日、大型台風が沖縄を襲い、米軍の船舶の被害は甚大で死傷者は百人以上
これにたまらずと3万3千人を駐留させ、その他は米国引き上げを決定
これは神風で、数多の米軍引き揚げ後は沖縄住民の自治が必要となる
この結果、那覇などへの立ち入りが許可となる
許可となったのではなく、監視する兵が消えたのだ
沖縄住民は住む家、衣服もなく体一つのため、台風の被害はなかった
が、焦土と化した居住地にぼつぼつと戻り小屋掛け生活が始まるが、食器すらなかった
那覇市は昭和19年10月10日の大空襲で大半が灰燼
米軍上陸直前の艦砲射撃で完全な廃墟
そこに人びとが戻りはじめ、食器つくりが開始
戦前の壷屋は牧志と共に那覇の郊外で昔から陶窯の地
ここに陶工が戻りはじめ、窯に火が入り、沖縄の戦後復興が始まった
台風襲来で米兵は11月に10万人が帰還し、ここから米軍占領下での自治が米軍政下で開始となる
人びとは荒廃した地を再興しようと動き出す
沖縄の象徴の首里を復興せんとの心が燃える
米軍が何故首里を復興したいのかと問うと、「我々は鳥が巣へ帰るのと同じだ」と答えた
「何もないのにどうやって復興するのか」
「我々にはユイマールがあるので、我々だけで復興する」
と胸を張った
ユイマールは共同作業を意味する
徒手空拳から沖縄の復興は開始された
戦没者12万人、未帰還者8万人で戦前の四割が減少したが、沖縄人はめげない
動ける男は米軍に強制労働をさせられ、残った女は荒れ果てた畑でくず芋を拾い老幼を守った
沖縄の女は儒教思想が身に滲みこみ忍耐力と適応力を育み、沖縄の女は働き者だといわれる
戦後の沖縄人を支えた物資は、米軍が本土決戦に備蓄した物資の一部放出だった
米国に持ち帰るのも面倒だと放出したものが沖縄人に生きる希望を与えた
収容所で働く男たちは、たまに会える家族に自分の食べものを減らして分け与えた
労賃は貰えず缶詰やタバコだった
それだけだが、それを分け与えることが家族の絆を深めた
戦争で死なず生きているだけでもありがたかった
だが、それは人間としての営みではない
それでも死なぬことを喜べたのだ

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by jpn-kd | 2014-12-26 05:58 | 沖縄
沖縄の戦後 1 「戦後の沖縄 たばこの歴史」
沖縄の地がどのような歴史を刻んできたのか?
それを知ろうと県立図書館に出かけた
そこで秀逸な本を発見
それが「戦後の沖縄 たばこの歴史」
たばこを通じて沖縄の戦後を見るという、専売という特殊な業種から戦後を見るという特殊な観点にたつ
ところが、面白い
そこからつまんで沖縄の歴史を見よう
著者は羽田武文 発行元はたばこ総合研究センター
発売元は沖縄タイムス
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沖縄は日本国で唯一、陸戦を経験した
淡路島の二倍の面積でしかない沖縄本島
昭和20年4月1日、米軍十八万が本島中部西海岸に上陸
日本軍守備隊は水際防衛ができず陸戦にもちこむ
日本軍守備隊は10万、その三割は中学生以上
沖縄は少年も少女も命を捧げて必死の抵抗をする
祖国のため、同胞のためとひたすら信じて
三十万の住民を巻き込み修羅場が展開される
日米両軍の死者10万6千人
住民9万4千が死んだ
山河は面相を変え、家を失い食べものにも事欠いた
本島は12地区の指定地区に分けられ、隣の部落へ行くにも米軍の許可を必要とした
沖縄本島上陸後五日目にニミッツは米国海軍政府を設立し軍政をしいた
沖縄は占領され、住民は虜囚になった
本土の日本政府は何もすることが出来ず、広島・長崎へ原爆が投下され、八月十五日降伏する
沖縄住民の苦労はここから開始となった
全ての住民が収容所に入れられ、男は戦時捕虜として米軍施設内の労役を課され、四本のタバコと野戦食糧缶詰が支給された
これらが物々交換に回り、原始経済が開始となる
物は不要な者から欲しい者へと移って行く
こうした収容所の自治を米軍は要請
収容所ごとに村長、民間警察を生み出させた
沖縄本島南部は最後の激戦地で住民の立ち入りは禁止された





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by jpn-kd | 2014-12-25 06:56 | 沖縄
心に刺さる映画 飢餓海峡 内田吐夢
先ず間違いを訂正
小道具に「爪」を使ったのは、この映画
水上のアイデアではなく、シナリオライターの鈴木尚之の力
この映画に高倉健がちょい役で出た
内田が「森と湖のまつり」で高倉をしごき、主役として立派に開眼させ、それを終生高倉は恩義としていた
高倉に振られた役は警部補
これが論理的に犯人を追い詰める
実にすっきりとした大学出の警察官役
ところが、その高倉をしごきにしごく
同様にこの映画で準主役の弓坂という老刑事役を伴淳三郎がやる
これが渋い
映画でも芝居でも一世風靡した流行語「アジャヤパー」を持つ伴を演技不足だといじめる
屈折した役作りを求めたわけだが、伴は面白くない
ところが、内田が求めた役づくりで伴は、助演男優賞を受けた
実に、切々と訴える役を見事にこなした
三国連太郎、左幸子という演技派の中で伴の果たした役はいぶし銀の光だ
内田は日本で映画界でのいざこざから満州に飛び出した
日本が膨張していた時代があった
当時、甘粕が満州映画の重役で、ソ連が侵攻してきたとき服毒自殺する
それを内田が目撃し、自分のまたぐらの中で人が死んでいくのは嫌なもんだと嘆げかせた
その後、強制労働をし映画界に復帰
そして、この長編映画を制作するが、余り長いので会社がフィルムにハサミを入れる
ごたごたがあったが、NHK映画賞、毎日映画賞では最優秀監督賞を得た
音楽担当は富田勲、青函連絡船から身投げする三国連太郎演ずる犯人
急を知らせる野太い警笛
伴が悲痛な顔で海を覗き込む
映画は芝居と違い、監督が見せたい枠の中の演技
これが映画の醍醐味
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私説 内田吐夢伝

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by jpn-kd | 2014-12-24 08:42 | 心に刺さる映画
おすすめの一冊 「飢餓海峡」 水上勉
この人のことを考えるとおのずから頭が下がる
田舎を回って洋服の行商をしていたが、ある日、これからは小説を書くと喰える職業を投げ打ち喰えるかどうかわからぬ小説書きになろうとする
魂の叫びだ
水上は宇野浩二の弟子をしていた
処女作が売れたがその後小説の依頼がない
喰えない
それで洋服の行商だ
ところが、魂が叫んだのだろう
やはり自分は物書きになるんだと、再びペンを執る
稼げないので女房がキャバレーで働く
そこで渾身の力で書いた小説を編集者に四度に渡り書き直しをさせられる
その小説は700枚(四百字詰)だ
それを四度に渡り書き直しをする
水上が後に、自身の言葉でそれを語った
辛かった
でも、出来上がったとき編集者が水上の女房に言った
「これでご主人は小説家になります、ごくろうさまでした」
その言葉通りに水上は一流作家、売れっ子作家になった
この人は薄幸な女が必死に生きるものを書かせると右に出る者がいない
が、「飢餓海峡」をすすめる
この骨太な作品には男と女の怨念が渦巻く
この小説は長編だが、何度も読み返した
凄い
そして物証となる足の爪の出し方
小道具が決めてとなる
受刑者が刑務所から出るとき、収監されたときの服を着る
血だらけの服であったりもする
水上はこうしたことに反発をする
社会への不満が体の中に充満し、置かれた時代への不満
それらが爆発した水上渾身の力作
そして、この映画の迫力、これについては明日、又書く

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by jpn-kd | 2014-12-23 08:38 | おすすめの一冊
なはしのはなし20 シルバー人材センターの委託料金を上げろ
人は三度三度飯を食わなければ生きていけない
官尊民卑の言葉あり
市役所職員は平均年間800万円の収入
ところが、我々は鱈腹食っても、民間は二度食えばいい
貧乏人は麦を食えと叫んだ蔵相がいて、そいつが総理大臣になり喉頭がんで死ぬ
言ってることは正しいが言いすぎだ
那覇市役所もちゃーがんじゅう課も同じ
料金が低く社会福祉協議会に仕事を断られ、シルバー人材に押し付けた
シルバーはどういう訳か従順
その料金について苦情を言わぬそうだ
言い方を知らないのにつけこんでいるのではないのか
民間だとて、喰えない料金ではお断りしますと明言すべき
役所が偉いのではない
商売というのは喰えない仕事は断るものだ
ところが、何も言わないから、それが当たり前だと思う神経がマズイ
どこかシナプスが切れている
繋がらないのではダメ
喰える料金かどうかは委託する側が痛く配慮するべき
それを、不平と不満を言わないから当然だとばかり、ごり押しをするな
その根拠はこれだ
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運転手の料金と手配をする事務方の手数料を含め、一日7520円
20日計算で15万円
幾らシルバーで年寄りでも一日三度の飯を食う
これじゃ、半分しか喰えないだろう
一日二食じゃ江戸時代の侍だ
きちんと喰える料金になるまでちゃーがんじゅう課は日本救護団の追及を受ける
官尊民卑の考えは間違いだ
バス乗車の高齢者もいい、運転手もいい、委託するちゃーがんじゅう課もいいと三者が喜べる方式があるはず
ちゃーがんじゅう課だけが民間いじめて手柄にしようは愚
税とは富の再分配
分配の仕方を学習しよう


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by jpn-kd | 2014-12-22 06:53


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