<   2009年 06月 ( 39 )   > この月の画像一覧
保育所定員不足302人
保育所に子どもが集まらない。空きが出て、経営困難なところが出た。
保育所名 定員 入所数  差
大久喜  60  42  18
うぐいす 60  56  4
こばと  60  49 11
ほうりん 60  50 10  
大杉平  60  45 15  
多賀台  60  45 15 
浜市川  60  48 12 
白鴎   60  59 1
一日市  60  58    2
図南   60  53    7
岬台   60  45    15
テレジア 60  12   48
しみず  90  71   19
湊    90  88   2
中居林  70  66   4
福聚   90 80 10
白銀   60 51 9
明星   120 103 17
新湊はますか 60 53 7
さめ     60 51 9
太陽と海の子 30 10 20
島守     60 37 23
市野沢    120 96 24
計302
商売が出来ないは難儀だと、「日本救護団」が動いた。ある保育園に行き、保育園に入りたいと、待機している児童46名を預からないかと問うた。ウンでもないスンでもない妙な返事だった。保育園を出たらヤクザから電話があった。街頭宣伝車を廻して保育園を廻っているのが気に入らないとのことだ。
 保育園とヤクザがくっついているのも変な話だ。子ども家庭課に行った。待機児童解消で、ある園に行ったらヤクザが出てきたが、何かあったのか?
園長と父兄が揉めて、他園にゾロゾロ移行、さらに、この園長は従業員とも揉めたそうだと教えた。そんなことなら早く言え。
 頭で考えたことが必ずしも、巧く行かない好例となった。世の中は動いている。まして、人が動かす。園長の根性悪しでは、事態は解決しない。7月1日からは園長が交代する模様。だが、そんな所とは口を利かない。
 措置された子どものほかに、自由契約と称して、父兄と個別契約を結ぶ。この収入は園長のポケットに入り、所得申告はしない。これが問題だ。こうした不埒な奴ばらは追い出す。そして、入園する子どもを平均化し、各園に配備すると、世の中、そんな簡単じゃない。が、これは理想論だけでもない。
 県が査察をする。市は査察の権限がないと言う。だが、これは嘘だ。市が仕事をしたくなく、逃げているだけなのだ。その証拠は明日明白にする。自由契約の子どもの数把握には方法がある。下駄箱の子どもの名前を写真に撮る、各部屋の誕生日の一覧表を撮影する。それと、正規園児名と付き合わせる。
 これを市が実施すればいい。それは可能なのだ。保育園、怖いのは県じゃないぞ。市も同様なことが出来るが、長年、諸君と癒着してきたため、黙認ヨ。世の中はそんな太い奴だけが肥える場じゃない、「日本救護団」がいつも眼を光らせている。
 市役所と保育園、この間に入って、市民のために動き、待機児童をゼロにする。それが出来るのは「日本救護団」だ。
by jpn-kd | 2009-06-30 08:00
環境を守ろう、白山台で植樹、もっと大事な備蓄放出
昨、二十八日、NPO法人の呼びかけで三十名ほどの人々が、ウエルサンピアの下斜面で植樹、桃、柿、梅、りんごなど様々、幼い子どもが父母と共に参加、こうした子どもが環境を守る大人になるんだ。
 温暖化、石化燃料に頼ったとがめだ。かつて、八戸は大野村からの炭の集積地で、湊に貨物駅があり、そこから出荷。丸い炭俵を角にすれば貨車に沢山入ると、本八戸駅の植村が、角俵を考案。これで大儲けした。植村は大金持ちになったが、子孫は真っ黒になって働くのが嫌で転業。ひとりはこんにゃく屋、もうひとりは豆腐だ。血は争えない、どちらも白くて四角、これは先祖が丸から四角に変えた遺伝子が今に生きている。
 備蓄した石油、これを出荷しない政府は無策。漁船のため備蓄石油を放出する好機。これなくして、日本の漁業は立たない。中国の備蓄が終了、これからは石油価格は安定化に向かう。しかし、今の重油価格では漁師は生きられない。植樹も大事、環境もおろそかにはできないが、今を安心して生きられないは情けない。「日本救護団」は今を解決するべく立ち上がった。
 大島理森に頼っていてはダメ、田名部まさよや、マサミに頼っていてもダメ。今は我々の声を、直接国にぶつけるときだ。国会前で大勢の漁民によるデモを決行するべきだ。
 生きていけない、漁業を守れない、我々は働くのが嫌だなんてことを、一度だって言ったことはない。しかし、赤字を重ねてまで仕事はできない。船を大型化し、銀行から借金を重ねてまで、事業を守ってきたが、燃油の高騰は吸ってる空気が高くなったと同じだ。
 どんなに悪天候でも、どんなに海が吠えても、漁民はそれを、あやしながら生きてきた。しかし、今の世の中じゃ、漁民は死ななければならない。死ぬ前に、安い価格で仕入れた備蓄原油を放出しろ。そうすれば、漁民は元気をとりもどし生きる努力を重ねる。植樹も大事だ、だが、もっと大事なのは今を生きる努力を継続させることだ。もういちど、浜に船を呼び寄せ、満艦飾にたなびく大漁旗を見てみたい。青々繁るりんごの葉のように風にたなびくあの旗々を。
by jpn-kd | 2009-06-29 11:09
生活保護男性遺体提供・デーリー東北新聞
報道配信会社からの買い原稿だが、富山で生活保護を受けた男性を新潟の日本歯科大学に献体した。本人の同意は勿論なかった。
 生活保護は恥だの精神が、年寄りには多い。国の間違った倫理観が浸透しているからだ。体の具合が悪い、連れ合いが突然死した、孫子が寄り付かないなど、悩みは千も万もある。その千万の悩み一つひとつを解くのが「日本救護団」の仕事だ。
 市内二千八百の生活保護受給者、これらの人々は不当に市役所から差別を受けている。役人の態度が横柄だ。車に乗るなといわれた。鮨を食ってると地域住民から投書があったと、いちいち、呼び出して事情を聴取する。
 生活保護者が車に乗ってはいけないとは法には書いていない。生活保護法の前の呼び名は「日本救護法」だった。だから、我々の団体は「日本救護団」という。人々に人間らしく生活していただくために、人間としての最低の尊厳を守るために努力するのが「日本救護団」の使命だ。
 生活保護者が鮨を食っているなどを知るのは地域住民。これは江戸時代の八分だ。村八分という。残りの二分は火事と葬式だ。部落内で火事が起きれば、総出で鎮火にあたる。類焼のおそれがあるからだ。
 もう一つが葬式だ。葬式には人々が香典を持ち寄る。土葬以外は火葬の際に、火付け役に金を渡すしきたりだ。これを隠坊主、おんぼうと呼ぶ。これの手間は現金となっている。だから、八分の人間にも香典を持ち寄る、これも生活の知恵だ。コロリの流行病だと、焼かないと村中に疫病が蔓延する。だから、焼くのサ。厄介防ぎがこれだ。
 それは江戸の話だ。が、現今もそれほどの差はない。時代は良くなったのか、悪くなったのか? 悪い時代を少しでも良くするため、「日本救護団」は生活保護者の結束を呼びかける。我々にも生きる権利があるんだと。
by jpn-kd | 2009-06-29 08:38
人情物の第一人者子母沢寛2
人の情けの玉子焼き
前に申した通り、八月は講釈場のかき入れだ。隠居さん、市中を歩きまわる外交の人や行商、ひまな花柳界の人や遊び人、夏休みの勤め人などで空板を叩いている時(前座修行中の者が客が入ろうが入るまいが、三方ガ原軍記を読む)からいっぱいになる。炎天を避けて、陽がかげるころに席がはねて、その頃は銘々の家の前へ打水をして涼しくなったところで帰って行く。
 小伯山はこの八月を全く休席して、ふり向く人も無くなっている六十過ぎの松廼家京伝老人の口から、どういう訳か講釈師多しといえども、この人だけがぎっしりと腹の底に畳み込んで持っていた「清水次郎長」伝をもらっていたのである。
老人からもらったものばかりではない。小泊山は寝た間も、その話の筋立て、肉づけを忘れなかった。
 やり出したら矢も楯もたまらない江戸っ子だ。すぐに駿河の清水港へ出て行って、こんどは実地に調べ出した。
京伝の伝授とは別に天田五郎の「東海遊侠伝」といういい種本もある。小伯山はこれを手にして話に出て来る土地は片っ端から歩き廻った。
 二代目伯円が「鼠小僧」をやり出す時に、山の手の大名屋敷を毎日毎日見て廻った。円朝が「牡丹灯篭」の時も谷中の寺町をくわしく調べて、これへ筋をはめ込んで行ったのは有名な話だが、小伯山もこれをやった。追分三五郎の出る江尻追分へ行って古老に集ってもらって話をきいたり、石松殺しの閻魔堂の辺へも何度も行って、ここに、こう石松を立たせて、ここにこう都島吉兵衛を出してと、いちいち自分で立って見て、あ、ここから富士がこう見える、ここからは松並木、ここからは街道筋と、覚帳に寝込んできて、それでまた話の運び方を工夫した。
 それから今度は、木所四つ目の上万さんだの、浅草の屋根屋の弥吉さん、横浜の綱島さんだのという親分衆から、実際の侠客のつき合いだの、口の利き方、そのときどきの態度などをきいて廻って、これもとっくりと腹へ入れた。
 二代目伯山がいよいよ隠居して松鯉。小伯山が三代目を襲名したのは、明治四十年十月だ。夜席には一番いい気候である。時に伯山三十五歳。両国の福本で披露の看板をあげた。題して「名も高き冨士の山本」。ここではじめて後世に残った名講釈、清水次郎長伝の火蓋を切ったのだ。
 伯山の次郎長が、やがて凄じい気迫となって福本の大満員の客席をぐんぐん圧倒する事になった。さすがの定連もこうなるともう下手も上手もいっていられない。
「あ奴は飛んでもねえ化物だった」
 というようになった。
 福本は毎夜「転がし」が山と積まれた。「転がし」というのは下足掛けがいっぱいになって、お客の履物を入口の脇に、印をつけて積上げることである。
 翌十一月の夜は神田の小柳、さらに十二月は昼が浅草の金車、夜が日本橋瀬戸物町の伊勢本。さらに翌年の初席は八丁堀の寿亭。いやもう何処も大変な騒ぎになって、何れも席亭はじまって以来の大入り。泥棒伯円の全盛、三遊亭円朝の全盛も遠く及ばなかった。よくこの道で「八丁荒し」という。
 京橋西八丁堀の馬場通りは、昔与力や同心の屋敷があり、兜町や蛎殻町、それに魚河岸、芳町檜物町の花柳界を抱えて、なかなか生きのいい職人場所だが、それでいて昔から物価が安く、遠くから多勢買出しに来るというところである。
 ここに向い合って寿亭と聞楽亭という講釈揚があった。寿は伯山が初春の夜席に定っていたが、さて聞楽の方はどうも誰が出ても歯が立たない。寿は昼がはねて、下足番がまだその辺を掃除している中に、もう夜の客が突っかけて来る。その列が、木戸口からずうーっと馬場の通りへはみ出している。木戸が開いて、二つ目が上がらない中にお客はもう入れない。ところが向いの聞楽はそうは行かない。寿の方から「えっ、お膝送りを願います」というかん高い声がうるさく聞えて来るが、こっちはお膝送りどころかまるで客が来ない。これは典山がかかっても馬琴でも貞山でも蘆洲でも同じだ。
 その中に寿が満員だから、仕方なくその落ちこぼれがこちらへ来る。それもいい日で百精々だが、
「ええ、畜生め」
 下足番がいまいましく舌打をして、仕方がないから痩せ我慢で「大入り御礼」のビラを掛けたという。
 伯山は飛ぶ鳥を落すこの勢いの時に、神田の小柳と、浅草の金車のヒル夜の両席を京伝老人のために、催主になって老人隠退の「大読みきり」を催した事がある。どう無理しても京伝にはもう席は勤まらない。当人一生懸命になればなるほど、客はそっぽを向いている。この上勤めさせるもみじめで余り可哀そうだ、そう思うから自分の事のようにお客筋へ印物を配り出来るだけの手を尽した。そのために両所とも割れるような騒ぎで、その日の義理包みや興行の純益は一文残らず、京伝へ贈った。伯山は京伝ゆずりの次郎長が当りに当って、講釈師ばかりではない、他の諸芸人までが先生、先生と頭を下げるようになって、忘れられないのはこの京伝の恩だ。伯山はこの恩を生涯忘れなかった。
 この時の催しで、京伝は無駄をしなければ一生食えるだけの金をもらった。丁度、浅草鳥越の稲荷橋の近所に、裏路地だが、やっぱり年とったかみさんと、二人ぐらしには手ごろな空き家があったので、ここへ住まわせた。時々は碁会所へ行ったり、たまにはかみさんと二人さし向いでわずかな晩酌を楽しむという、静かな境涯になった。
 伯山は自分の真打席の収入から、毎日相当な金を別にさせておいて、十日目毎に見舞いがてら、これを京伝へ届けに来てくれた。三つ環の金紋を塗ったゴム輸の立派な抱え車(人力車)で来るのだが、稲荷橋へかかるだいぶ手前で、これを降りて、ぼつほつ歩いて来た。
 講釈の真打も少し人気が出て来ると、肝心の持ち席を休んで、お金になる料亭持合などのお座敷というのを勤めたがるのが少なくない、席亭へ行った客はずいぶん癪にさわるものだ。「次郎吉」の蘆洲もこれがひどかった。
いつも、
「講釈師は講釈場が戦場だ」
 といって、伯山は決して席を休まない。それにもう一つ、口には出さないが、お座敷へ講釈師をよんで一席聞こう、なんという旦那方のそっくり反った思いあがりの厭味な面つきがどうも虫が好かない様子で、「あんなのあ、本当の講釈のお客じゃねえや」といってどんな羽ぶりのいい料亭から口がかかっても、素っけなく断った。
 が例外はある。横浜の千登世、柳橋の亀清。この二軒だけは持ち席の都合がつけばきっと出て行って、いつも長講に演じた。だから、伯山をよびたいばかりに、わざわざ亀清へ宴席を持って行ったなどという話はよくあった。
  千登世はともかく、伯山が亀清へ行くには少し訳があった。
 ある時、座敷を勤めての帰りに、亀清のおかみさんがお土産の「折」を呉れた。かねてからなかなか講釈の耳があって、襖越しにその夜の伯山をきいて、
 「先生、こん夜は本当にいい物をきかせて下さいました。有難うよ」
 といって涙をこぼすほどよろこんで下すった。
 伯山も心うれしく、車をそこから近くの鳥越の京伝老人のところへまわした。余命短い老人はしかもその夜は風邪をひいたといって、水っぱなをすすっていたが、伯山が、
 「今夜はお前さんが念を押し押し、点取りをさせてくれた次郎長の秋葉の火祭をやってね、それが滅法なお気に入りでな、お土産をいただいたよ。さ、おれは沢山だから、お前に上げるよ。食べておくれ」
 といって自分で蓋をとってやって「折」を京伝へ渡した。
 京伝は押しいただいて、かみさんと二人で食べた。食べながら、だんだん涙ぐんでぽろぽろ泣きだした。「どうしたんだよ」というと、泣きじやくりで、「先生、わしもこれでも芸人の端っくれでございました。若い時分、一度や二度お座敷で、ご馳走をいただいた事もございましたが、こんなにおいしい玉子焼ははじめてでございます。本当においしい、こんなおいしいものを先生が召上がらずにわたくしに下さる。有難うございます」
 と、とうとう声を出して泣いた。
「なあに、今夜あ、おれがお前に代ってやった秋葉の火祭だ、お前がそれをいただいて当り前なんだよ」
 伯山はさりげなくそういったが、この夜の老人のよろこびようが忘れられなかった。だから、少し位の無理をしても亀清の座敷だけはつとめた。そして行く度にきっと「折」を貰って、帰りに鳥越へ寄った。「折」ばかりではない。その晩の謝礼金も、そっとかみさんの皺の手へ握らせた。かみさんは京伝老人より年が四つ五つも多い。髪は真白であった。
 伯山の次郎長は日と共にますます燃え盛って、何処の席亭でも、不入りがあると、いついつの月は伯山先生だから、また次郎長でうんと儲けさせてもらいまさ、といって不入りを少しも屈托せずに、それを楽しみにしたものだ。
 伯山は身体がいくつあっても足りないような忙しい中から、京伝を親身も及ばぬ介抱をしてやった。京伝は臨終に、にこにこして、「先生の看板の席の前へ化けて出てお客を引きずり込んで見せやす」
 といった。これが最終の言菜だったという。七十二歳まで生きた。
by jpn-kd | 2009-06-28 08:40
人情物の第一人者子母沢寛
子母沢寛って作家がいた。勝海舟を書かせたら右に出る者がいない。戦時中、これを日経新聞に連載した。敗戦になり編集者がGHQに呼ばれた。それ対して、侍の話こそ、今の連合軍の統治に参考になると、説き伏せた。その男は島根県の産、早稲田から新聞記者になった小汀利得(おばま・りとく・トシエとも)、日本人のための経済論を持ち、細川隆元とのテレビ対談は衆目を集めた。
 それほど、子母沢寛の筆は冴えていた。この人の祖父は彰義隊の残党、函館五稜郭の戦いに敗れ、北海道に土着。短編に心をえぐる佳作が多い。その中から紹介。
「北海の直参」から
若い衆が村の番屋へ戻って、それから戦のような漁期が来て、契約の金を貰って、青森なり秋田なりへ帰るというのが先ず五月のはじめ。北海道では、これから桜が咲こうという時だ。
 その頃になると鰊、数の子、鰊カスの仲買人が大勢村へ入込んで来ている。盲縞の更紗の総裏の長羽織で、前紐は無く、ぱらりと開けっぱなしだ。これをバフリといって若い者らなかなか粋な格好とした。大抵は狡猾な奴で村の娘などでこれにだまされてとんだ事になるのがよくあった。
 そんな者ばかりでなくいろいろな売込屋が入込む。俄かに臨時の女郎屋が出来る。飲み屋が出来る。煤ぼけたお白粉焼けの狸みたいな芸者が来る。地獄女(密淫売婦。私娼)が来てそちこちの座敷を借りてその晩から商売にかかる。
 これで深い雪の中で苦労をして四箇月も働いて手にした金が、只手に渡ったというだけで、幾日も経たないうちに、みんなあばずれ女に吸上げられて、はっと気がついたら帰る汽車賃もなかったてえのがよくあった。
 国には奏子のある者もいる。仕方がないからまたダンナさんに泣いて頼んで、来年の働きを抵当に金を貸してもらってやっと国へ帰る。こんなことを繰返すヤンシュ(ニシン漁の季節労働者)が多かった。
 あるとき、この猫女郎があの毛むじやらのアイヌの漁夫に買われるのは忌やだといって、その女郎屋がこれをお履物にした。お履物というのは、断る意である。ここで大変な騒動になった。
 私の祖父をはじめむかし江戸から流れ落ちて来た仲間が承知しない。中には刀痕の二つや三つある者もいるし、上野の彰義隊で鉄砲玉を左肩にくらってやっと命拾いをした人間もいる。これが、
 「売物をアイヌだから売らねえとは何事だ。次第によっちゃあ、おれ達が相手だ」
 といってもこの人達もう何れもいい年だ。ふうふう肩で息をしているが、相手だって元より只もんじゃない、僅か一箇月か二箇月の稼ぎをするためにとにかく女郎屋を出す程の腕もあれば金もある子分もある食い詰めのやくざ者だ。
 この時に、ひどい話だが十七で、家がどん底の貧乏から年をいつわって女郎にされていた小くにさんという人がある。これかどういう訳か私の祖父に救われてある家の嫁になり村に居ついていた。色の真っ黒な眼玉の大きな人で、話上手であった。
 後年、この人の語るところに、
「和人の客や町へ出て来ていた漁師がみんな女郎屋の味方でね、百人もいましたよ。この時のあんたんところのヂッチャン(祖父)の勢ッたら大したもんでね、お前さんにはあれを見せておきたかったねえ、眼で見ておけば忌やでも男ってものあ、そういうもんだと、死ぬ迄忘れずにいられるんだ。百人を目の前にびくともしないでね、尤も刀は下げていたが、アイヌは大昔からこの土地に住ん鰊をとって来たんだ、おれたちは云わば後からそれへ割込んで来た、何にかにつけこっちで遠慮をするのが本当だ。それをひでえ事ばかりしてあの人たちをだましたりする外、人外の扱いをするとは何事だ、銭をもって売物を買おうと云えぼ取りも直さずお客様だ。さ、もしアイヌたちが一文でもしみったれな事をいったら勘定は一切おれが持つ。さ、客にしろ、どうしても忌やだというならこっちもどうせ御維新で捨てた命だ.相手をするぜというんだ、女らはみんな二階へ逃げて階段から覗いている、楼のおやじというのが名代のわからず屋だから、このままでは納まらない。どうなる事かとはらはらしていると、まるで拵え話のようだけど、おやじの親分で、北海一とまで云われた石狩の角権の大親分が何にかの用事で厚田へ来てね、この騒ぎをきいて、すぐに飛んで来てさ。人を割って入ってくると、ヂッチャンヘたった一度でいい、ここんところはおれに男をたてさてくれろと、にこにこ笑いながら云ってね。角権さんは、もう五十をとっくに過ぎていたね。面長な色の白い、丈の高い人でね、立派な男だったよ。元々ヂッチャンだって、この人とはいい仲だし、喧嘩なんぞしたいわけでもないから、これでまあまあ納まってね、それから女郎屋でもアイヌをちゃんとお客にするようになりましたよ。アイヌ、アイヌって云うけれども、とっても神仏に信仰のあつい律義な人たちでね、だから、アイヌに惚れて、女郎屋を逃げ出した人があってね、これもヂッチャンの世話になって、やっと助けてもらったが、これが五年ばかり後ちに増毛の浜でゴザを敷いて、沖を見ながら、三つ位の女の子の髪をといてやっているのを、見た人があるって事だったよ。アイヌの子でね、ひどい乞会見たいな服装をしてたと云います」
by jpn-kd | 2009-06-27 12:59
大宅壮一の見た八戸の偉人羽仁もと子と自由学園1
妻の名声の陰に
 日本における婦人記者第一号で、新しい教育の実施者として有名な羽仁もと子女史は、昭和三十二年単四月七日、八十三歳の高齢をもって文字通りに眠るがごとき大往生をとげた。ちょうどお釈迦さまの生まれた日の一日前であるが、その日の羽仁邸はまったく涅槃会そのものだった。
 女史はすでに数年前から老衰して生ける屍のような状態におちいっていて、自由学園の卒業生が交代で看病をつづけていたのである。そしていよいよ臨終がせまったとなると、一部のものに最後の対面が許された。すると、先生が私の手をにぎって下すった、私のいったことをうなずいてきいて下すった、先生はよみがえりたもうた、といった調子で、それはそれはたいヘんな騒ぎだったという。
 葬儀は自由学園において、元文相天野貞祐氏が委員長となり、学園葬としておこなわれた、参列者は長谷川如是閑、小泉信三、安倍能成など、日本文化を代表するに巳たちをはじめ全国からはせ参じた『友の会』などを加えて数千名に達した。ジャーナリスト、教育者として、これくらい見事に、功なり名とげたような形で死んでいったものは、女史はもちろん、男子の中にも珍しいといわねばならぬ。こういう人気、魅力はいったいどこから、どうして生まれたのであろうか。
 晩年のもと子女史は、自由学園の創立者兼園長、雑誌『婦人之友』の主筆であったばかけでなく、自由主義教育の家元であり、信仰と教育と生活を結びつけた一種の新興宗教の教祖でもあった。しかもその信者もしくは支援者の中に、当代の最高知識と見られる人々の多くを包含しているのである。
 だが、もと子女史や自由学園に直接関係して、その実態をよく知っている人々にいわせると、女史をして今日あらしめたものは、ほとんどその夫君吉一氏の力で、人間としても彼女よりははるかに上である。彼女の人および事業は、彼の演出にかかる部分が多いということになる。
 ところが、その吉一氏については、ほとんど世間に知られていない。もと子女史にこういう夫君がいたということを知っている人さえすくないのではあるまいか。彼は三十年十月に亡くなったが、当時の新聞を見ても、自由学園理事長、婦人之友代表取締役という肩書き以外に、経歴などについては何にも害かれていない。新聞社にも資料がまるでなかったのであろう。恐らく彼は、松岡もと子という女性に、羽仁という自分の姓を与え、これを社会的に演出するという仕事に、その全生涯をささげたのではないかと思う。そしてそれは素晴らしい成功をもたらしたのであって、男の生きかたにもこういう方向があるということに、私は特に興味を感じた次第である。
by jpn-kd | 2009-06-27 08:24
「日本救護団」副団長尽力するも釣り人蘇生ならず
昨、24日、午後一時半ころ、鮫の赤灯台で釣りをしようと副団長があたりを見回すと、男が堤防に倒れている。あわてて、近寄ると心肺停止、即、119番に連絡、付近の釣り人に訊くと、午前中から寝てたという。
 寝てた? 副団長が怒った。動かないのを見たら、どうなっているかの安否を確認するのが、人の務めだろう。お前ら、動くな! 今から警察が来る。司法解剖をするから、お前等は人の死ぬのを見捨てた人非人。警察で調べがあるから動くな!
 すると、逃げた、逃げた、釣り棹かかえて、サンダル片っ方海に飛ばして走った、走った。救急車が来て、人工呼吸、電撃ショックを食らわすも、蘇生は叶わず。
 警察が来る、鑑識が捜査を開始すると、あれやこれやで釣りどころじゃなかった。もう少し早く行けば助かったかもと、後悔しきり、死人は56歳の男性。日頃、具合の悪い人は一人で行かないこと。行く前に「日本救護団」に連絡しろ。携帯で定期的に安否を確認するから。
 消防本部にそのことを告げると、な、なんとその職員の親戚だと。本当に心からお礼を申し上げますと言われたそうだ。
 「日本救護団」は福祉葬儀をしなければならないが、そうそうに、死人のお世話だ。これもまたご縁だと、副団長はサバサバ。お坊さんを経験した人だけに腹が座っている。
by jpn-kd | 2009-06-25 19:08
八戸市議全員協議会傍聴
24日、水道企業団の断水事故の報告で、上条市議の切り込みは丁寧だが、的が少々正鵠から外れるも妥当。県が工事を発注したが、それが設計どおりに施工されなかったというが、引渡しには水道企業団も参加し、設計どおりでないことは確認済み。それを今更、県に賠償を請求せよは筋違い。
 が、こうした議論はしないよりはいいが、何の役にも立たない。水道企業団自身がしっかりとした物言いをすべきであった。県に逆らうといろいろと面倒であるとの判断だったのだろう。
 色々と質問があったが、伊藤女史の質問はいつも最後で、それも、どうでもいいような話をくどくどと繰り返し、他の議員の嘲笑をかう。今回も市民の井戸を把握して、事故の際にこれを活用せよと、くどく迫ったが、これは一年生議員の三浦博司市議がすでに問うたところ。それを、いかにも勿体ぶった物言いで、くどく食い下がるが、水道企業団も、一般市民の所有物をいちいち、御宅に井戸がございますか、その水質は適当か検査させてくださいは言えないと突っぱねたが、どう耄碌したのか伊藤女子はそれでも、ぐたぐたと繰りかえした。他の市議諸君も「手短に」「もうわかった」と野次をいれるべし。そうでないと、いつも下らぬ愚痴とも、他人の意見のつまみぐいでは、姑ババアとどこが違う。反省を求める。協議会、委員会、議場は愚痴を言う場ではない。他の意見のつまみぐいではなく、自分の足で探してくるべき。
by jpn-kd | 2009-06-24 13:20
八戸市の補助金交付
補助金
国際交流537,000
コミニュティ23,900,000
元気な八戸890,000
地域生活交通14,991,000
移管バス32,646,000
地方路線バス9,430,000
海のイベント708,000
新エネ省エネ781,357
ボランティア334,600
交通安全協会972,000
交通対策675,000
交通母の会312,000
交通南郷260,000
人権擁護110,000
連合防犯3,884,900
防犯協会491,000
保護司211,000
暴力追放205,000
犯罪防止250,000
納税貯蓄1,130,000
納税貯蓄事務費19,940,208
地域活動支援センター64,500,000
福祉ホーム事業2,732,040
知的障害授産施設運営20,000,000
手話講習会100,000
社会福祉団体育成1,744,000
精神障害小規模通所10,000,000
いこいの家運営費400,000
自動車運転免許985,000
障害者レクリエーション120,000
老人クラブ9,231,880
老人クラブ連合会3,516,210
地区敬老会26,128,800
病院群輪番制運営費15,506,295
准看護学院運営費4,300,000
赤十字改築80,000,000
環境美化協議会2,148,766
清港会1,640,000
公衆浴場施設整備1,200,000
浴場組合565,000
合併処理浄化槽設置30,842,000
雇用対策協議会250,000
勤労者厚生福利575,000
シルバー人材センター12,700,000
中小企業勤労者福祉2,500,000
高齢者生活援助2,500,000
農業経営改善支援利子194,333
おいしい果物産地振興1,008,000
観光農園振興300,000
農業近代化利子支援15,919
農業経営基盤強化622,936
りんご経営安定対策491,000
地域ぐるみ防除システム270,000
果樹振興対策66,000
農協経営体質強化対策32,482,391
野菜振興対策1,250,000
花卉生産拡大44,000
葉タバコ振興1,688,000
特産そば産地形成9,991,512
担い手総合支援255,000
施設園芸産地拡大3,231,000
南郷新ソバ祭り450,000
冬の農業産地拡大3,006,000
畜産振興647,000
肉用牛繁殖雌牛導入1,631,000
新需給調整円滑推進1,218,000
小規模土地改良500,000
海の日行事241,000
漁業用海岸局事業40,452,000
大型クラゲ被害317,590
水産加工品販売促進1,000,000
海の文化振興3,217,275
テクノフロンティア入居7,024,352
商工会議所事業5,000,000
南郷商工会2,300,000
中小企業団体中央会2,000,000
物産協会8,309,000
TMO運営6,605,323
せんべい汁普及500,000
中小企業振興50,451,000
特別保証制度保証料85,255,098
立地奨励金97,521,000
南郷物産協会500,000
創業支援資金保証料2,106,872
空き店舗活用利子補給458,474
貿易支援施設入居促進2,080,000
空き店舗活用保証料386,732
市街地商業活性化1,000,000
商店街イメージアップ95,965
中心商店街活性化拠点4,877,692
インキューベーター2,282,133
高度技術振興センター28,421,920
テレマーケティング促進7,541,000
八戸観光協会77,614,245
えんぶり保存振興会3,160,000
種差観光協会70,000
お祭り広場運営費360,000
正調盆踊り保存会70,000
ジャズフェステバル実行委員会8,400,000
南郷観光協会1,000,000
八戸花火大会2,100,000
南郷道楽フェステ942,000
ふるさと自慢盆踊り大会150,000
大型客船誘致430,000
陸奥湊駅前観光案内運営費50,000
大河ドラマ出演者招致2,420,237
市民ボランティアガイド育成200,000
街路灯設置3,517,900
八戸市を緑にする会1,368,000
自主防災育成事業1,300,000
地域安心安全ステーション整備2,000,000
私学教育研修会100,000
ろう学校生徒会27,000
児童文化活動促進費3,537,000
部活動費2,896,000
海外留学生派遣1,000,000
就園奨励費147,902,500
私立幼稚園8,213,500
第三子保育料軽減事業21,364,400
私立幼稚園教員研修300,000
連合PTA525,000
文化協会2,628,400
八戸ジュニア楽団77,000
八戸市民交響179,000
ウインドアンサンブル127,000
文化団体出演80,000
連合婦人会74,000
社会教育団体220,000
少年少女発明クラブ150,000
無形民俗文化財後継者養成380,000
郷土芸能保存会560,000
指定文化財管理49,000
八戸三社大祭山車祭り行事保存会100,000
童話会50,000
ボーイスカウト30,000
ガールスカウト30,000
海洋少年団30,000
子ども会育成1,020,000
青少年生活指導協議会275,000
愛の一声市民325,000
児童生徒健全育成会活動50,000
社会教育団体育成80,000
是川縄文の里整備事業協賛会750,000
ジャズとそばふれあい交流事業2,000,000
小学校体育研究会157,000
中学校体育連盟1,380,000
中学校総合体育大会派遣1,889,000
高校総合体育大会150,000
県外派遣選手972,000
スポーツ少年大会180,000
全国スポーツレク祭り実行委員会28,249,761
JABA100,000
地区体育振興会351,000
県民駅伝300,000
県民体育大会派遣2,743,500
北奥羽総合体育大会940,000
南郷スポーツ振興700,000
南郷体育振興会800,000
アイスホッケー連盟事業14,000,000
1,179,345,016
by jpn-kd | 2009-06-23 17:34
水道記事一覧8の2
昭和36年から40年まで
50501964/06/02S39/06/02デーリー東北双方調停案を受諾 青森市水道部配転闘争に終止符
50511964/06/02S39/06/02デーリー東北”無水道町村”を一掃 今年度中に普及70%へ
50521964/06/05S39/06/05デーリー東北全国水道週間(広告)
50531964/06/05S39/06/05デーリー東北浄水場開放と無料修理 水道週間を記念多彩な催し(十和田市)
50541964/06/13S39/06/13デーリー東北市野沢で集団赤痢 被患19人井戸水から?(南郷村)
50551964/06/18S39/06/18デーリー東北地震 津波…大規模に防災訓練 来月八戸で
50561964/06/18S39/06/18デーリー東北南郷に赤痢予防法発動
50571964/06/19S39/06/19デーリー東北着々進む開田事業(滝沢平・天間林)
50581964/06/20S39/06/20デーリー東北保菌者また5人 南郷村の赤痢衰えず
50591964/06/25S39/06/25デーリー東北集団赤痢の南郷村
50601964/06/26S39/06/26デーリー東北払わぬ下水道負担金(青森市)
50611964/06/26S39/06/26デーリー東北給水事業緩和へ 根城配水池の完成で
50621964/06/27S39/06/27デーリー東北五戸川ダム八月着工へ 東北二位の大規模
50631964/07/02S39/07/02デーリー東北今夏も心配な水不足 漏水発見に懸命(青森市)
50641964/07/04S39/07/04デーリー東北高瀬川放水路工事 急ピッチ
50651964/07/10S39/07/10デーリー東北三菱製紙 八戸進出本決まり
50661964/07/11S39/07/11デーリー東北吹上小で赤痢二人
50671964/07/12S39/07/12デーリー東北湊小プールに浄化装置
50681964/07/19S39/07/19デーリー東北三カ所に貯水槽建設 消化態勢万全の苫米地部落
50691964/07/26S39/07/26デーリー東北三八地方45年度の水利用状況
50701964/07/28S39/07/28デーリー東北増える工場・目立つ公害 八戸・悪臭の場合
50711964/08/02S39/08/02デーリー東北市庁前ロータリーにある小便小僧
50721964/08/06S39/08/06デーリー東北増える八戸の火事 損害一億二千万
50731964/08/06S39/08/06デーリー東北わら人形で”病魔払い”(十和田市)
50751964/08/09S39/08/09デーリー東北保菌者九人が出る スケート合宿の赤痢(八戸)
50761964/08/14S39/08/14デーリー東北「八戸港湾計画」決定
50771964/08/14S39/08/14デーリー東北共同し尿処理場の土木工事が完了(六戸町)
50781964/08/14S39/08/14デーリー東北青森駐屯地でも出動体制 水ききんの東京へ
50791964/08/14S39/08/14デーリー東北赤痢患者発生せず 効果上げた指定地区(八戸)
50801964/08/20S39/08/20デーリー東北深刻になる水不足 給水管老朽も一因
50811964/08/22S39/08/22デーリー東北”水はきれいです” 三水源地の検査結果(八戸)
50821964/08/23S39/08/23デーリー東北馬淵川の名称について (中野清見)
50831964/08/23S39/08/23デーリー東北婦人会蚊やハエを駆除(福地村)
50841964/08/24S39/08/24デーリー東北公害対策に取り組め(時評)
50851964/09/01S39/09/01デーリー東北公害① 開発との板挟み
50861964/09/02S39/09/02デーリー東北公害② 農作物に打撃
50871964/09/03S39/09/03デーリー東北公害③ 打つ手なし”黒い雪”
50881964/09/05S39/09/05デーリー東北公害⑤ とれなくなった魚 工場廃液で水質汚染
50891964/09/06S39/09/06デーリー東北公害⑥ 市街地に豚小屋 悪臭下水不完全も原因
50901964/09/07S39/09/07デーリー東北公害⑦ 「苦情無くなった」セメント工場 下水口完備が急務
50911964/09/08S39/09/08デーリー東北公害⑧ 面倒な「条例制定」
50921964/09/09S39/09/09デーリー東北馬淵川談義 (西塚湖山)
50931964/09/09S39/09/09デーリー東北赤痢の大慌て 修学旅行直前に患者(是川中)
50941964/09/15S39/09/15デーリー東北大八戸港建設へスタート 盛大に第二工業港起工式
50951964/09/18S39/09/18デーリー東北有利な有料下水道
50961964/09/22S39/09/22デーリー東北十和田水道工業社長 佐藤広志氏(ひとこと)
50971964/09/29S39/09/29デーリー東北太公望で賑わう新大橋付近
50981964/10/05S39/10/05デーリー東北バス・水道料改定か 月末に調査会中間答申
50991964/10/12S39/10/12デーリー東北貯水池観光湖に 小川原湖総合調査 県五年計画で着手
51001964/10/13S39/10/13デーリー東北静岡に疑似コレラ 細菌経路調査始まる
51011964/10/15S39/10/15デーリー東北十和田・稲生川用水路改良事業 盛大に完工式
51021964/10/20S39/10/20デーリー東北簡易水道完成 尻内町正法寺部落で
51031964/10/24S39/10/24デーリー東北淋代の赤痢60人に
51041964/11/06S39/11/06デーリー東北汚れる八戸港 汚物汚水がいっぱい
51051964/11/11S39/11/11デーリー東北水不足 赤痢も撃退 簡易水道工事急ピッチ(市野沢部落)
51061964/11/16S39/11/16デーリー東北奥入瀬川南岸土改区総代選挙
51071964/11/27S39/11/27デーリー東北ふるさとの史跡 ”新井田川” 是川遺跡と深い関係
51081964/12/15S39/12/15デーリー東北値上げ一月から 青森市水道料金70%
51091964/12/29S39/12/29デーリー東北政経トピック回顧 ”青森市水道部争議”
51101964/12/30S39/12/30デーリー東北新産河川にも影響 予算難で治水計画に”水”
51111965/01/01S40/01/01デーリー東北年頭のごあいさつ(八戸市長 岩岡徳兵衛)
51121965/01/03S40/01/03デーリー東北カメラ空の散歩 ”新井田川”
51131965/01/05S40/01/05デーリー東北税減収で財政難に 40年度の地方財政
51141965/01/06S40/01/06デーリー東北カメラ空の散歩 ”馬淵川”
51151965/01/07S40/01/07デーリー東北過密都市問題 総合対策が課題
51161965/01/09S40/01/09デーリー東北新しい北奥羽 ”南郷村” 上水道整備に巨費も
51171965/01/11S40/01/11デーリー東北新しい北奥羽 ”階上村” 村内全戸に水道も
51181965/01/20S40/01/20デーリー東北上水道拡張計画案成る(久慈)
51191965/01/21S40/01/21デーリー東北施設拡充など計画(新井田川ふ化場)
51201965/01/22S40/01/22デーリー東北し尿処理場完成 (十和田地区)
51211965/01/22S40/01/22デーリー東北下水道不備など訴え(婦人集会)
51221965/01/23S40/01/23デーリー東北八戸工業用水道に一億二千万 39年度事業起債許可予定額
51231965/02/07S40/02/07デーリー東北水道64%  下水51% 東京都で料金引き上げ
51241965/02/12S40/02/12デーリー東北八戸・環境衛生懇談会 下水整備などに力
51251965/02/15S40/02/15デーリー東北水道料金値上げと物価(時評)
51261965/02/18S40/02/18デーリー東北八戸市新年度予算案 総額で29億8,043万円
51271965/02/21S40/02/21デーリー東北不信を買う千葉青森市政 水道料上げに口火
51281965/02/22S40/02/22デーリー東北三六三億の行方 県予算案をみる
51291965/02/26S40/02/26デーリー東北水道料上げなど提案 八戸市議会
51301965/02/28S40/02/28デーリー東北新産八戸の予算案② 土木費
51311965/03/01S40/03/01デーリー東北新産八戸の予算案③ 民生費・衛生費
51321965/03/02S40/03/02デーリー東北最賃一万六千円を 三八地労請願市民税大幅軽減へ
51331965/03/04S40/03/04デーリー東北水道35% し尿10% 値上げ案を議会へ(八戸)
51341965/03/06S40/03/06デーリー東北新産八戸の予算案⑧ 水道事業会計
51351965/03/07S40/03/07デーリー東北あのころの八戸 三島川と清水川
51361965/03/11S40/03/11デーリー東北騰勢続く消費者物価
51371965/03/12S40/03/12デーリー東北下水 全部暗きょに (八戸市会一般質問)
51381965/03/16S40/03/16デーリー東北水道料 国保で激論 (八戸市会予算特委)
51391965/03/19S40/03/19デーリー東北新産に財政措置を (県議会質疑)
51401965/03/23S40/03/23デーリー東北八戸新産建設 本格的スタートきる
51411965/03/24S40/03/24デーリー東北二人が真性赤痢(七戸)
51421965/03/30S40/03/30デーリー東北水道料値上げ幅引き下げは否決(青森市議会)
51431965/03/30S40/03/30デーリー東北都市再整備に調査(建設省)
51441965/03/31S40/03/31デーリー東北水道工事後の処理完全に(こだま)
51451965/04/01S40/04/01デーリー東北新予算拝見(十和田市)
51461965/04/01S40/04/01デーリー東北40年度予算 昨夜成立
51471965/04/04S40/04/04デーリー東北町をきれいにする運動 全市民の参加呼びかけ(八戸)
51481965/04/05S40/04/05デーリー東北八戸で”美化市民大会”
51491965/04/07S40/04/07デーリー東北新予算拝見(三戸町)
51501965/04/07S40/04/07デーリー東北年内に一部給水へ 進む奥入瀬上水道工事
51511965/04/08S40/04/08デーリー東北県公害対策に本腰 5月から基礎調査
51521965/04/10S40/04/10デーリー東北ばいじんなど調査 県係員公害対策で来八
51531965/04/12S40/04/12デーリー東北公共料金の値上げに(論壇・磯村栄一)
51541965/04/24S40/04/24デーリー東北糠部上水道を建設へ(三戸・南部町)
51551965/04/28S40/04/28デーリー東北赤痢はご免 部落ぐるみ清掃へ(南郷村中沢)
51561965/04/29S40/04/29デーリー東北通信・交通が混乱か あす本県でもスト?
51571965/04/30S40/04/30デーリー東北野辺地上水道着工へ 来年秋には給水
51581965/04/30S40/04/30デーリー東北市庁前に四色噴水 八戸ライオンズクラブ寄付
51591965/05/04S40/05/04デーリー東北動き出した新産④ 工場地帯へ大動脈
51601965/05/05S40/05/05デーリー東北動き出した新産⑤ 水と鉄道着手へ(北沼地区)
51611965/05/07S40/05/07デーリー東北動き出した新産⑥ 千三百戸の団地(市川)
51621965/05/07S40/05/07デーリー東北水ききん 汚職に怒る 立ち上がった長崎市民(ニュースドキュメント)
51631965/05/13S40/05/13デーリー東北進む工業用水道工事(八戸)
51641965/05/18S40/05/18デーリー東北散歩コース紹介・新井田川母袋子付近
51651965/05/19S40/05/19デーリー東北”白山”に人工温泉 
51661965/05/22S40/05/22デーリー東北脚光浴びる”臨海工業地帯”
51671965/05/26S40/05/26デーリー東北放射能汚染など柱に 本格的公害調査を(八戸市)
51681965/05/29S40/05/29デーリー東北りっぱに復興した町並み(白銀大火記念日)
51701965/06/01S40/06/01デーリー東北汚水の悩み解消 水門改築工事が完成(三沢小間木川)
51711965/06/02S40/06/02デーリー東北水のむだ使いやめて…水道週間始まる
51721965/06/10S40/06/10デーリー東北悪臭・水路に汚物(江陽小の付近)
51731965/06/12S40/06/12デーリー東北下水の汚物…でおわび(こだま)
51741965/06/15S40/06/15デーリー東北事前調査を実施 地下工業用水利用で(通産省が新措置)
51751965/06/17S40/06/17デーリー東北まず各種公害防止 県内水面漁協組合長会議振興策で協議
51761965/06/27S40/06/27デーリー東北来年は赤痢よさようなら?研究進む経口ワクチン
51771965/06/29S40/06/29デーリー東北風呂代 大人28円に 県協議会で答申へ
51781965/06/30S40/06/30デーリー東北衛生意識の向上に 南郷村で移動検診(八戸保健所)
51791965/07/05S40/07/05デーリー東北大蛇地区簡易水道近く着工(階上)
51801965/07/06S40/07/06デーリー東北八戸市課長心得が自殺
51811965/07/10S40/07/10デーリー東北農事指導情報 低温・多雨続く
51821965/07/10S40/07/10デーリー東北頭の痛い”町の美化”(八戸市)
51831965/07/13S40/07/13デーリー東北赤痢ついに52人に(八戸陸自)
51841965/07/15S40/07/15デーリー東北集団赤痢125人に
51851965/07/15S40/07/15デーリー東北設置場所を変更 水出ぬし尿処理場(平内)
51861965/07/15S40/07/15デーリー東北河川放流に許可制 建設省で検討
51871965/07/17S40/07/17デーリー東北姿消すサケ・アユ(新井田川)
51881965/07/20S40/07/20デーリー東北伝染病の追放へ 村をあげて予防接種(南郷)
51891965/07/20S40/07/20デーリー東北赤痢やっと下火に(陸自八戸)
51901965/07/21S40/07/21デーリー東北教訓残した赤痢騒動(陸自八戸)
51911965/07/24S40/07/24デーリー東北公害・県へ苦情が続々
51921965/07/26S40/07/26デーリー東北食品衛生は向上したか(八戸で一日監視員座談会)
51931965/07/29S40/07/29デーリー東北念願の水道通る(南郷村市野沢)
51941965/08/01S40/08/01デーリー東北ふるさとの夜話① 人柱の話(正部家種康)
51951965/08/03S40/08/03デーリー東北治水五カ年計画まとまる 新井田川など重点
51961965/08/05S40/08/05デーリー東北公害調査に反対の漁民
51971965/08/06S40/08/06デーリー東北水利使用料改定へ 32.9%引き上げ
51981965/08/17S40/08/17デーリー東北八戸港の水質調査 公害対策の基礎資料に(東海区水研)
51991965/08/25S40/08/25デーリー東北汚染許容度を調査 水産庁奥入瀬など県に委託
52001965/08/28S40/08/28デーリー東北10月には基本方針 公共料金値上げで(藤山長官談)
52011965/09/01S40/09/01デーリー東北県で”汚物”にメス 新井田川付近の水産会社を
52021965/09/06S40/09/06デーリー東北公害対策総合的に 審議会発足
52031965/09/12S40/09/12デーリー東北待望の上水道工事着工(野辺地町)
52041965/09/16S40/09/16デーリー東北”パイピング”近く着工・八太郎北沼(林八戸市助役談)
52051965/09/22S40/09/22デーリー東北寒い夏が好影響 伝染病グンと減る(八戸)
52061965/10/11S40/10/11デーリー東北ばい煙・排ガス・悪臭 公害規制近く条例化(八戸)
52071965/10/12S40/10/12デーリー東北「愛魚週間」川・海の資源育成が目的
52081965/10/13S40/10/13デーリー東北馬淵川でサケ密漁
52091965/10/15S40/10/15デーリー東北上水道工事始まる(野辺地)
52101965/10/15S40/10/15デーリー東北保健婦さん大活躍 環境衛生の認識高まる(南郷村)
52111965/10/19S40/10/19デーリー東北ゴミし尿の悩み解消 処理センター完成(十和田市)
52121965/10/28S40/10/28デーリー東北幼稚園児らの集団赤痢発生
52131965/10/30S40/10/30デーリー東北水道工事に手抜き 砂の量 基準以下(野辺地町)
52141965/10/30S40/10/30デーリー東北赤痢の大量発生と背景(時評)
52151965/10/31S40/10/31デーリー東北188人に 八戸の集団赤痢
52161965/11/01S40/11/01デーリー東北公害防止条例を八戸にも(時評)
52171965/11/03S40/11/03デーリー東北設計内容再確認へ 野辺地の水道手抜き工事
52181965/11/04S40/11/04デーリー東北八戸の集団赤痢に一言(こだま)
52191965/11/06S40/11/06デーリー東北発生ゼロ 八戸の赤痢ようやく終止符か
52201965/11/12S40/11/12デーリー東北心もとない環境衛生(八戸市)
52211965/11/13S40/11/13デーリー東北集団会食の衛生管理を保健所に事前連絡
52221965/11/13S40/11/13デーリー東北中村新市長支持を新産建設の推進に 
52231965/11/14S40/11/14デーリー東北二千年前の「大賀ハス」
52241965/11/16S40/11/16デーリー東北簡易水道近く完成(七戸町)
52251965/11/18S40/11/18デーリー東北赤痢騒ぎぶり返す 23人がまだ保菌
52261965/11/21S40/11/21デーリー東北竹内知事 県南視察同行記
52271965/11/22S40/11/22デーリー東北進まぬ下水道工事 早期完成を望む市民(三沢)
52281965/11/25S40/11/25デーリー東北公害防止をどう考えるか(時評)
52291965/11/26S40/11/26デーリー東北上水道問題持ち越し(野辺地町議会)
52301965/11/28S40/11/28デーリー東北し尿処理場の設置へ 来年度下北地区に二カ所
52311965/11/30S40/11/30デーリー東北環境衛生徹底図る(八戸市)
52321965/11/30S40/11/30デーリー東北底ついた保存血液 八戸の赤痢騒ぎ響く
52331965/12/07S40/12/07デーリー東北公共料金値上げの原因と背景(TV番組)
52341965/12/08S40/12/08デーリー東北廃船の処分急ピッチ(新井田川)
52351965/12/08S40/12/08デーリー東北送水工事急ピッチ(奥入瀬上水道)
52361965/12/09S40/12/09デーリー東北工業用水事業へ借り替え債発行検討
52371965/12/11S40/12/11デーリー東北児童詩 ”泉”
52381965/12/14S40/12/14デーリー東北亜硫酸ガスは軽微汚染 八戸新産公害調査中間結果
52391965/12/19S40/12/19デーリー東北65年ニュースハイライト⑨ 公害
52401965/12/21S40/12/21デーリー東北65年ニュースハイライト⑪ 新産すべり出す
52411965/12/21S40/12/21デーリー東北農業用水利用に期待 =十和田市の四和防災ダム=
52421965/12/22S40/12/22デーリー東北水道料値上げ案継続審議へ
52431965/12/23S40/12/23デーリー東北漁業権侵害…と漁協 青森県内じゃり採取で河川荒廃
52441965/12/26S40/12/26デーリー東北65年ニュースハイライト⑯ 幼稚園集団赤痢
52451965/12/26S40/12/26デーリー東北上水道工事糾明 腰砕けに終わる(野辺地)
52461965/12/27S40/12/27デーリー東北保全と愛護運動を 建設省河川整備に乗り出す
by jpn-kd | 2009-06-21 06:44


ブログで行政改革をめざす日本救護団 080-9850-5240
メルマガ-まぐまぐ

メルマガ購読・解除


 

カテゴリ
タグ
以前の記事
記事ランキング
検索
楽天
人気ジャンル
画像一覧
累計: 検索エンジン登録
本日: SEO対策
昨日: メール配信

アクセスアップ