カテゴリ:いかさま名誉市民( 31 )
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その21
b0183351_09260210.jpg
b0183351_09263759.jpg

姥山勇様

随分ご苦労様でした。私が至らぬばかりに、こんな事になってしまって申し訳なく存じております。

私の性格として疑われただけでもいやですし、何事も100%でなければいやでした。

まあまあとか、程ほどということは、私には耐えられないことでした。おわかりください。

会社のことは、あなたが居れば全て大丈夫です。私の分も頑張って下さい。

会社を引退してから、あなたと二人で、小使い仕事でもしながら、孫の世話をしていく事を楽しみにしていたのに、とても残念です。

やはり世の中は、そうそう、うまくばかりはゆかなかったですね。

私は、今とてもサッパリとした気持ちで、机に向かっております。

いわゆる、全力投球をしましたから、しかし、全力投球は年がら年中すべきものではないことも良くわかりました。

その時と、場所を間違えると、逆効果もあることもわかりました。最後の最後まで行動を共にしていただき、感激いたしております。

あなたのその純粋な気持ちで、会社を守ってください。

私は最後まで全社員、全従業員を固く信じております。

優秀な社員ばかりですから、事務も安心して、皆をひっぱって行って下さい。

今後も社員は、余計なことにまきこまれないように、気をつけて下さい。

それでは、息子様始め家族の皆様にくれぐれもよろしくお伝えください。

いつまでもお元気で。 鈴木

こうした愚にもならぬ遺書を続々と作成。

堀野虎五郎、馬渡就、ガスグループ4社の幹部の皆様、新しい道を求めて、会社の皆様、会社の皆様へ、高村政宏、柳、太田正孝、佐川達夫

死ぬの文字はどの遺書にもない


by jpn-kd | 2017-06-12 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その20

昭和56年鈴木継男狂言自殺

なぜ鈴木が狂言自殺をしなければならなかったか、それは八戸液化ガス、八戸ガス興業を私物化せんがために株式の買い占めをしたことに端を発する。

詳しくは順次追っていくことにするが、まずは鈴木継男が坂本よしひろに宛てた遺書からご覧に入れる

b0183351_15052164.jpg

坂本よしひろ様へ

坂本さん長い間お世話になりました。結局あなたの為に何もやってあげられない内に、このようになってしまった事をゆるして下さい。

無力非力でありながらあなた方に幾らかでも協力したいという私の気持ちが、かえって何の役にも立たなかったようで、本当に申し訳なく存じております。

それでもいよいよこれから何かをと考えているときに、このようになってしまいました。

私の物ぐさを笑ってください。

あなたには事の一部始終を全部知らせたつもりです。何かの機会がありましたら私の家族全部を集めて、事の成り行きと私の考え方、行動、過去の経過等すべて教えてやつて下さい。

坂本さんには全てそのまま私の口伝えで来たつもりですから、是非これだけはお願いします。

男の子を持たない私は、あなたを自分の息子と思って今日までやってきました。与えるものは何もせずに、あなたに色々なことを期待しました。

許してください。

今私は全てが終りました。一日としてゆっくりした気持ちになれない一生でした。従軍、倒産、選挙違反に一日として心のあたたまる日のないままに、今日に至りました。

60歳を過ぎたらと全てを楽しみにしておったのに、やはりこの世はうまくいきません。

しかし今後は大丈夫です。誰にも干渉されないで一人で暮らします。家族にだけは申し訳ないと思いますが、最後まで悪い父、悪い夫、悪い子で修まるようです。

書きたいことがいっぱいございます。しかし、もう私に残された時間はございません。この辺でやめます。坂本さんいつまでもお元気で頑張ってください。

私が踏み台になるならそうしてください。そうでないなら一刻も早く私のことなど忘れてください。あなたの出世の邪魔にならないようにそこは上手にやりなさい。

奥様始めご家族の皆様にくれぐれもよろしく。

最後に一言。

あなたにかけた夢をかなえさせて下さい。

必ず大成してください。あの様に先輩方に馬鹿にされないように早く偉くなってください。

お願いです。鈴木

b0183351_15034011.jpg


by jpn-kd | 2017-06-04 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その19

つまり、鈴木継男は商工会議所の役員でもなんでもない、惨めで儲けの少ない、いつ倒産してもおかしくない零細商店を経営し、長谷川から高の知れたカネを買収資金として受け、それが発覚し検事勾留、罰金刑に処せられたと推測できる。

つまり鈴木継男は前科一犯なのだ。

これを哀れんだ熊谷が商工会議所で採用したというのが、正しいのだろう。

それを商工会議所常務理事時代と記せば、これは大事件だ。

が、これは鈴木継男得意のホラ話だ。

それを、大平透は話の裏もとらずに、年月日もまったく違う話を、そのまま記載。

これは編集者として失格。

他人の文書を編集する際の決まり事を守れない、あるいは大平透にはその程度の基本知識も欠落しているのだろう。

これを八戸商工会議所山内専務理事に伝達。

こんな嘘が通るようなら、八戸商工会議所が選挙違反をしたという不名誉になる。

小川「鈴木継男は本当に常務理事で選挙違反を会議所ぐるみでしたのか?」

山内「理事で選挙違反をすれば解職となる。また、会議所ぐるみで選挙違反をした事実はない」

小川「それならば、大平透に東奥日報、デーリー東北に謝罪広告を出させろ。文書で申し入れをしろ」

山内「文書でなく口頭で申し入れをする」

こんないい加減な大平透という男が八戸市の副市長に収っているのは市民にとっては迷惑以外の何ものでもない。

編集すらできない、能力の低い大平に副市長が務まるのか。

鈴木継男ゆずりの話を曖昧にし、悪い所は切り捨て、鈴木継男の都合のいい自伝に仕立てた、大平の行為は糾弾されるべきで万死に値する。

自伝は後生の人の指針になる本だ。それが都合良く潤色されている、では真実は伝わらない。それを敢えて都合のいい本に仕立てた大平は大罪を犯した。

世の中、どのように時代が変わろうとも肩を持つ人、批判的な者と分れる。それは人間の宿命ではあるが、都合のいい甘ったるい文章では人は呆れて最後まで読まない。

後生の人間が鈴木継男を調べたとき、大平の手口にひっかかり、年月日もいいかげん、事実と違う話を飲み込まされてしまう。これは拙い。

ことほど左様に人は死んでも本は残る。ここに書籍の面白さがあり、重要性があるわけだが大平には編集者としての能力が欠如しているため、鈴木継男がよろこぶ本をねつ造した。これは人間として最低。

つまり、鈴木継男自伝は読むに値しない、くだらぬ本になってしまった。八戸副市長大平透のために。

大平はこれを恥じよ、いかに自分の能力が低く、ために商工会議所の名誉を毀損してしまったことをどう詫びるのか、詫びぬなら詫びさせる手段方法は幾通りも存在する。

間違い、聞き違いは世の中には多い、自身の失敗をどうとるのか、出処進退を誤れば人の物笑いとなる。


by jpn-kd | 2017-06-03 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その18
b0183351_09075831.jpg

万死に値する大罪を犯した大平透、嘘を並べて八戸商工会議所ぐるみで熊谷代議士の選挙違反をしたと記した

さて、鈴木継男の自伝は副市長の大平透が書いた。鈴木の口述を元にしているとある。鈴木継男がパクられた事件がある。それは熊谷義雄の選挙がらみで、鈴木継男が現金を受け取り、それを撒いた。この記述部分を抜き出してみる。

1964年(昭和39)年十月に鈴木飼料が正式に解散した。それよりわずか前の6月、鈴木継男は八戸商工会議所の常務理事となった。41歳と理事の中では最年少だった。さまざまのことを任され、当時会頭であった熊谷義雄の選挙の手伝いが一番の仕事になった。恥ずかしい話だが、選挙運動中は当選させることしか念頭になく、勢い余って過ちを犯し、選挙違反で摘発され、三週間の檻房暮らしと一週間の拘置所暮らしを経験した。

とある。

これを八戸図書館でデーリーの新聞記事を検索、すると、

昭和38年11月30日付けに、

逮捕、もう32人に、さらに四人

本県広がる衆院選違反

八戸署と三戸署は29日一区熊谷派(当選)の運動員八戸市鮫町字林通りの会社員柳原清一(49)元市議会議員と同市内丸の飼料販売業鈴木継男(40)の二人を逮捕した。二人は先に逮捕された長谷川専之助から投票とりまとめの資金とし現金数万円を受け取った疑い

ここで明確になったのは鈴木は得意の潤色をしたことだ。鈴木の話だと商工会議所ぐるみで選挙違反を犯したことになるが、何、これは鈴木の得意なホラ話だ。

東奥日報はこう記載した。

八戸署は29日朝、八戸市鮫町林通り、大洋水産取締役で熊谷後援会の理事をしている柳原清一(49)と同市内丸、鈴木飼料株式会社専務(42)の二人を公職選挙法違反の疑いで逮捕するとともに自宅などの家宅捜索をした。柳原・鈴木の両人は選挙公示後の11月初め、さきに三戸署に逮捕された大洋水産常務長谷川専之助(47)=熊谷後援会理事=から、投票とりまとめの買収資金とし現金数万円をそれぞれ受け取っていた疑い。

なお、去る21日夜投票終了と同時に手入れした熊谷後援会の取り調べは連日続けられ、これまでに後援会役員になってる八戸市議会議員十数名や、大洋水産関係者など約30名が任意で事情を聞かれている。
by jpn-kd | 2017-06-02 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その17

昔、代議士に金品を送ると贈収賄で逮捕だ。それを避けるため絵画を贈る。画商が絵を持参し、耳元で囁く。百万で売りつけた絵画、これを70万円で買い取る。もちろん水面下で行う訳だ。画商は100万円で再販する。手数料が30万円入り、代議士は70万円を手にする。こうした絵画は元より売れ筋、そこから外れた絵がある。それを鈴木継男が瞞着。

こうした物はいつまでも持ちたくない。だから市に寄付した。全部が全部ではない。地元の絵描きから購入した物も何点かある。鈴木継男はそれらの絵を美術名鑑の号幾らの計算で4億円という。本人評価額で言わばメーカー希望価格。実取引なら1割から1割5分、つまり4000万から6000万円がいいところ。更に鈴木継男が寄付した膨大な中国書画は価値が低い。

そのような書画を入れるために20億円かけて愚脳市長小林は新美術館を建てるという。鈴木継男の亡霊がそれを実行させる。もちろんその先鋒は副市長大平透、鈴木継男に一宿一飯の恩義を受けた愚脳市長小林が大将。こんなことで八戸市民の血税を使うのか? ためらいはないのか? 副市長大平はそこまでして副市長にして貰ったことの返報をしなければならないのか? 市民の血税を使うのは市役所、その外に使う場所はないが、本当にそれが市民のためになる行為なのか、この吟味も十分にせず、鈴木継男の亡霊に悩まされ、市民が新美術館に血税をつぎ込まなければならないのか?

もっと正しい使い方がある。愚脳市長小林は市民の為より自分のためだ。なりたい人よりさせたい人にだ。

大平透、愚脳市長小林の鈴木継男奉り構想を打破し、文化の町八戸を撤回させ、町中活性化のために市民の税金を使うべきだ。


by jpn-kd | 2017-06-01 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その16

どうして大平透が張り切って鈴木継男の片棒を担いだのか。それには理由がある。

マンデー事件でも分かるように、鈴木継男は自分の目的の為には手段を選ばない。日本軍が行け行けで志那に進駐し大量虐殺をした。それを鈴木継男は自分の目で確かめた。この年代の男は多かれ少なかれ、こうした強行突破を得手とした。

鈴木は八戸ガス、液化ガスで辣腕を揮う、目的のためには手段を選ばないから、籠絡、策略、謀略は当たり前だ。

鈴木継男は相手に取り入ろうとする際はなめずり出すような言葉を巧みに使うを得意とする。

鈴木継男はこう言った。

「私には娘がいる。男の子供はいない。が、血はつながってはいないが三人の息子がいる。一人は坂本よしひろ、二人目は田名部和議、三人目が大平透だ」

これに、皆コロリと騙される。

鈴木継男は八戸ガスの社長を退いても平気で黒塗りの車を使いまくった。後任社長の熊谷を差し置いてだ。目的の為には手段を選ばずを地で行く。

坂本よしひろは熊谷義男代議士の事務所に居た。田名部和議は野党の旗頭、政治的バランスで田名部和議を取り込もうの魂胆。大平透は秘書室長、うまく抱き込もうの策略。

市長小林を鈴木継男の敷地内に建てた別棟に居住させ、市長に恩を売り込もうの計略だ。

愚脳市長小林は気持ちが汚いから、無料提供だか有料だか知らぬが、簡単にこれに引っかかった。

愚脳市長小林が籠絡され、秘書室長もその気でいかさま名誉市民構想が固まった。なるほど鈴木継男の謀略は見事だ。

そして、念願の名誉市民、これがいかさまであるのは、積年美術品を八戸市に寄付したが論拠。物を寄付すりゃ名誉市民か?

これではカネで名誉市民を買っただけ。まして、その絵画は代議士熊谷義男のものであったという。
by jpn-kd | 2017-05-31 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その15

まして一年じゃ使い走りだろう。

その大平が自伝でマネージャーをしたと記したのも、鈴木継男がそう要請したのか、それとも大平透自身がそう思い込んで記したのか? 裏をとれ、物書きとして裏を取らずに記せば咎めが必ず来る。

人殺し縄文館館長の古館、こやつがしでかした失敗が、市史編纂委員が持ち込んだ原稿の裏を取らずに市史に掲載、当然訂正が必要になり、後任者の佐々木に押しつけた。結句、古館を頼りにしていた佐々木は古館の逃げを食らって自殺した。

これほど左様に裏取りは大切だ

大平は自伝に自分が嘘を記載すれば、前非は書き直せば消えるのかね、少なくとも大平は、そう信じている。だから、わざわざ、自身しか知らないマネージャーに書き換えたと発言。

こんな馬鹿が副市長様におなりだから、八戸市の前途は暗い。

前非を悔いるという言葉があるが、事象を書き換えれば済むのかね。

パソコンのリセットボタンを押せば、入力した事柄は瞬時に消える。新たに記録を収録するが人生は自伝を書き換えれば、鈴木継男の悪行が消えるのか。

そんなことをしても、講談社MOOKの本は厳然としてあり、鈴木継男がテレビで語ったビデオテープも存在する。

それを大平は書き直しました。どこか価値観が違う、鈴木継男の為にする言辞を連ねただけで真偽も確かめず、大平透の実名で編集後記を記した。物書きの資質ゼロ、当然副市長としての資質も問われる。
by jpn-kd | 2017-05-30 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その14

副市長になった大平透が小川を妙な目つきで眺めるようになり、

「あんたが、妙な目つきで見るが、その目つきが気に入らないので、鈴木継男の駅伝をばらすぞ」

と告げた。

すると大平透はこう言った。

「鈴木さんの自伝(私の中国)でマネージャーと言い換えました」と平然と言った。

そのことを小川は知らない。つまり大平透しか知らない事実だ。

よくよく調べると、この鈴木継男の自伝私の中国は大平透が執筆。

おわりにの章352頁に鈴木継男がこう言う。

当時の総務部長の西幹雄が本にまとめろと勧められた。本書をまとめるにあたり、全面的に協力してくれたのが大平透君である。

また、大平透自身もその本の尻で大平透は市役所に入る前は東京で文章を書く仕事をしていたこともありと、これまた鈴木継男同様、自分をひけらかす。明確に岩波書店にいたとか、講談社にいたとか明記するべきだが、ここらはぼかしている。愚にもつかぬ会社だから明記できないのであろう。
by jpn-kd | 2017-05-29 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その13

小「鈴木さん、テレビで人生は駅伝だという話をされましたね」

うれしそうな顔で、

鈴「あのテレビ君も見たの、そうなんだよ、人生は駅伝なんだよ」

小「鈴木さんが読売新聞社前にビリで到着した時、誰もおらずに後輩だけが……」

鈴「そうなんだよ、読売新聞社前には誰も」

小「鈴木さん、こういう本があります。鈴木さんが出たのは第22回大会、読売新聞社前ではなく靖国神社からのスタート」

鈴「え、そうだっけな、靖国神社だったっけな」

小「鈴木さん、10区は三上さんが走り、貴方の名前は載っていない」

鈴木継男、呆然とし、手渡されたMOOKをうつろな眼で眺めるばかり、

「おかしいな、おかしいな」

やがて、封筒にカネを突っ込み、小川の前に置いた。

「鈴木さん、私はカネはいらない。貴方が新幹線到来で八戸駅舎を建てるにあたり、八戸市に寄付をされた、私もこのカネを寄付します。三役の誰でもいい、これから寄付に行くと伝えてください」

「う、それだと、これでは足りない」と更に封筒にカネを継ぎ足した。

「もしもし、鈴木継男でございます、いつも大変にお世話になります、ただいまから小川さんという人が新幹線駅舎建設の寄付に伺います、市長室に参りますので、よろしくお願いいたします、はい、新幹線の駅舎建設の寄付でございます。金額は30万円でございます」

この封筒に30万円が入っているのは鈴木継男の言葉で知った。中を確認もせず、市長室でそのカネを渡し、帰ってきた。

口止め料なのだろう。その事は鈴木継男が生きている間は口外しなかった。
by jpn-kd | 2017-05-28 07:58 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その12

講談社MOOK「写真で見る箱根駅伝80年」という雑誌がある。2000年2月に刊行された。

この44頁に第22回大会昭和18年1月5、6日を掲載。

昭和16年12月8日の太平洋戦争勃発に伴い従来の東京・箱根間大学駅伝に代わって、昭和18年の靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会が第22回大会となった。

2年ぶりにタスキをかけた選手が靖国神社大鳥居前の階段から出発、神保町を右折、日比谷の交差点から従来のコースに出た。1区は六郷橋を渡って立教の伊藤が日大、文理大を引き離し先頭を独走、1分15秒差で中継した2区森田も1分差を守って3区に入った……と続く

鈴木継男はテレビに出て、人生は駅伝と得々として、経営も駅伝と同じで次のランナーに引き継ぐと語った。私は拓殖大学の生徒で最終の10区を走りました。読売新聞社前のゴールには大会関係者の姿もなく、ビリの拓殖大学の後輩だけが私を迎えてくれました。

このテレビをビデオに録画し、鈴木継男は箱根駅伝に出たのか、いつか、これを調べてやろうと思った。そして、MOOKの本を取り寄せた。

拓殖大学は確かにビリ、1区は杉原宏ビリ、ここから10区までビリをひた走る。2区山本雅男、3区森田肇、4区三橋博、5区小梨豊、6区入江光行、7区後藤弘春、8区倉持凡康、9区佐藤寿郎、肝心の10区は三上晃で鈴木継男のすの字もない。

b0183351_07291636.jpg

by jpn-kd | 2017-05-27 00:00 | いかさま名誉市民


ブログで行政改革をめざす日本救護団 080-9850-5240
メルマガ-まぐまぐ

メルマガ購読・解除


 

カテゴリ
タグ
以前の記事
記事ランキング
検索
楽天
その他のジャンル
画像一覧
累計: 検索エンジン登録
本日: SEO対策
昨日: メール配信

アクセスアップ