特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その22

現世を離れるような文字は一枚だけに認められた。

鈴木継男は死にたくなく、死ぬ気もなかった。

一説では根城で自殺を謀ったというが、松の木にぶら下がったとか、服毒したの具体的な状況証拠は絶無だ。

文具やのカネイリ社長の一番下の弟が嫁の実家前で自殺した。いきなり自殺する。四の五の言わない。だから怖いのだ。

市長小林が四選狙い、中核都市になり介護施設の許認可権を手にしようと、総務省から女をかり出し、それを遂行、その部下が自殺した。

いきなり来る。だから怖い、愚脳市長は愚脳だけなら笑って済ませるが部下殺しをすれば、どうにもならない。責任をとって辞めるべきだが、強欲、胴欲で人が死ぬのは当たり前と平然。恐ろしい男だ。

鈴木継男狂言自殺の、当時の当事者は既に80代、しかし、事件を見聞した人も多い。が、自殺したという確証はなにもない。

さて、

どうして鈴木継男が狂言自殺を謀ったのか。この謀るは他人を騙す場合に使用する語句だ。

八戸ガスという会社があり、熊谷義雄が社長に選出された。

それは、

昭和31年7月28日の創立総会でだ。

昭和35年8月に八戸ガスは八戸液化ガスを設立、100%の子会社だ。当時の資本金は100万円。

この液化ガスを自分の物と画策し、それがバレて、右翼を使い、怪文書を撒いたのが鈴木継男だ。いかさま名誉市民の鈴木はマンデー事件では八戸警察署を指嗾しデカを総動員させ、八戸ガス社内の至る所に配備させた事実がある。

また、これを鈴木継男は得意げに小川に語った。

昭和38年熊谷義雄代議士になる。

昭和432月堀野虎五郎、鈴木継男取締役に就任

昭和44年八戸ガス興業を子会社として設立

昭和53年代表取締役社長熊谷義雄、副社長滝崎清男、専務鈴木継男就任

昭和55年八戸液化ガス20周年

この八戸液化ガスを我が物にせんと、八戸ガスから株式を得た。

これが、発覚。

某市議が、八戸液化ガスには含み資産がある、にも関わらず、額面で譲り渡すとは何事かと食いついた。

鈴木継男は狼狽し、某市議を中傷する怪文書を撒き、右翼を使い脅しをかけた。ところが、この市議はそうしたことに慣れっこで、いささかも動ずることなく、返って力を得て、八戸ガスの資本金1億円の半分を八戸市が出資、その経理事務が杜撰なため、こうした事態が発生、経営に八戸市も参画すべきだと論調をぶち上げた。

これが、議会でも論議された。

56年の3月定例会、36日の一般質問で、共産党の岩織マサミ(故人・この男は気骨があった。立派な共産党員だった)市議が質問。

八戸ガスに市役所から一名、議会経験者から一名が新役員として派遣されると聞いているが真偽は?

理事者側は、こう答えた。

八戸ガスの取締役会の決議で、市側から取締役で一名、議会経験者を監査役として一名の派遣要請があり、それにそって、派遣いたします。

鈴木継男が画策した八戸液化ガス私物化は途中でガス漏れとなり、本体の八戸ガスに市側から取締役を送り込むという、ガラス張り経営を促す行為となった。

いかさま名誉市民の鈴木は進む走るを知るが、退くを知らぬイノシシ、挙げ句やりもしない狂言自殺のシナリオを書き、方々にばらまき、こんな文書が来たがどうなのかの読む者の関心を煽った。

どうして、狂言自殺で留まったのか、それには民友新聞が一役買った。

某市議のもとを訪れ、鈴木継男が自殺未遂をしたので助けて欲しいと懇願。

その代替案が市側からの取締役だった。

設立当初の理念を忘れ、私物化しようの魂胆が現われるのは設立に関わった者たちが死んだ後、あるいは追い払われた後だ。鈴木継男は分限を知らず、登るを続け、挙げ句、自分の部下だったマンデー事件の当事者とされた佐々木勝雄氏の遺体の上がった同じ場所で鈴木継男も発見された。偶然とは言え因縁を感ずる。


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by jpn-kd | 2017-06-13 00:00 | いかさま名誉市民
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