シリーズ 過労死 八戸市長小林が部下を殺した場合11
スーパーいなげやでチーフが過労死 平成15年にも過労自殺

0417日 1851

埼玉県のスーパーマーケットで働いていた男性社員が、月100時間などのいわゆる過労死ラインを下回る残業時間で、過労死と認定されていたことが分かりました。
担当弁護士は、勤務時間以外に「サービス残業」があったことが認定の決め手になったとしています。

過労死が認められたのは、スーパー「いなげや」の、埼玉県にある店舗で働いていて、平成26年6月、脳梗塞のため亡くなった当時42歳の男性社員で、17日、労災申請を担当した弁護士が記者会見しました。
弁護士によりますと男性の時間外労働は、脳梗塞になる前の4か月間の平均で75時間余り、1か月最大では96時間余りで、月100時間などのいわゆる過労死ラインを下回っていました。
しかし、入退館の記録や同僚の証言で勤務時間以外にもサービス残業をしていたと見られることから、過労による労災と認められたということです。
弁護士は会見で「罰則付きの時間外労働の上限規制が導入されても仕事の量が減らず、サービス残業が増えてしまうのでは問題だ。まずは労働時間の管理を徹底すべきだ」と訴えました。
そして、「かけがえのない命が奪われないよう、過労死は、私たち家族が最後であってほしい」という遺族のコメントを読み上げました。
いなげやは、首都圏に100店舗余りを展開していますが、別の店舗でも平成15年に当時27歳の男性社員が過労のため自殺しています。
いなげやは「当社の社員が過労死で労災認定を受けたのは事実ですが、内容を確認してから対応したい」とコメントしています。

労働基準監督署の調査資料によりますと、脳梗塞になる前の4か月間の男性の時間外労働は、最大でも月96時間35分と100時間を下回っていました。
また、月の平均は75時間53分で、80時間を下回っています。
過労死の認定基準である過労死ラインに達していない形ですが、なぜ、過労死が認められたのでしょうか。
調査資料によりますと、男性は、食品売り場の責任者として不規則な勤務が続いていて、深夜0時まで働いた次の日、朝6時台に出勤することもありました。
さらに勤務記録に残っていないサービス残業もあったと見られています。
担当弁護士によりますと、警備会社の入退館記録から男性は、勤務を終えたとしてタイムカードを打刻したあとも仕事を続けていたと見られます。
脳梗塞になる前の1か月間では、タイムカードの勤務終了時間と店を出た退館時間の間に、1日あたりの平均で2時間41分もの差があったということです。
さらに休みとされていた日にも、「仕事が終わらないのであすも仕事なんだ」と知人にメールを送っていました。
このため過労死との関連性が高い、過重な業務があったと認定されたということです。
男性が働いていた店舗では、ほかの従業員もタイムカードを打刻する始業前から仕事を始めていたということで、担当弁護士は、「サービス残業が常態化していたとみられる」としています。

市長小林部下殺しは糾弾されるべき


by jpn-kd | 2017-04-19 00:00 | 八戸市長小林部下殺し
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