なはしのはなし143 沖縄の星 瀬長亀次郎6
米軍が株式の51%を持つ琉球銀行は、米軍の指示を受け、既に決まっていた那覇市への補助金と融資の打ち切り、那覇市の預金を凍結した。
亀次郎は、市政運営の危機に見舞われるが、驚くべきことに市民は自主的な納税によって亀次郎を助けた。
当選前の納税率が77%だったのに対し亀次郎当選後は、最高で97%に達した。
そのおかげで自主財源での市政運営できるようになり危機を脱する。
また、反瀬長派が半数以上を占める市議会にも亀次郎を守ろうと市民が議場内外を埋め尽くした。市民のみならず全国からも500通を超える激励の手紙が届いた。
これに対し野党は市長の不信任案を提出する。中立を保っていた議員を米軍をバックにした圧力やカネで切り崩し、24対6で可決されてしまう。
亀次郎は「私は11万市民のために市政に精魂を傾け、何一つ悪いことをしていないにもかかわず、財界や軍の威力をかさに着た24人の議員によって不信任された。
私は断固汚辱の市会に解散を命ずると議会の解散を命じた。
出直し市議会議員選挙選では反瀬長派は「物」に対して語り、亀次郎は「人民」について語った。
その結果、瀬長派は13人を擁立し12人が当選。反瀬長派は目標の20人を割り17人となった。
亀次郎への不信任決議の提出は7度にのぼった。
しびれを切らした米国民政府は1957(昭和32)年、布令を改定する(通称「瀬長布令」)。
不信任阻止のための欠席戦術を封じるため、「3分の2以上の出席」という要件を「2分の1以上の出席」と改訂、さらに出直し選挙での再選を阻止するために3年前の投獄を理由に、亀次郎の被選挙権を剥奪した。
同年11月25日、1000人の市民の怒号の中、不信任は可決された。
市長在任期間は一年足らずであったが、「瀬長市長追放抗議市民大会」には、10万人を超える大群集が詰めかけた。那覇市政をめぐる米軍との攻防は、亀次郎に対する沖縄県民の絶大な支持を呼ぶと同時に「カメさんの背中にのって、日本に帰ろう」を合言葉に本土復帰の要求が一層高まった。
亀次郎はマチヤグァーのオヤジに戻ったが、その後も米国への抵抗と本土復帰運動の先頭に、常に立ち続けた。
被選挙権をはく奪されたまま、立法院選挙に立候補を続け、人々は抵抗の意思表示として亀次郎に投票した。
1967(昭和42)年12月に瀬長布令が廃止されたことで被選挙権を回復。17回も拒否されていた本土渡航もついに認められた。
翌年の第8回立法院議員選挙でトップ当選。
1970(昭和45)年の戦後沖縄初の国政参加選挙で衆議院議員に当選。
あくる年の国会で、亀次郎は自分を国政に送り出した沖縄の人々の心をこう訴えた。
「この沖縄の大地は、再び戦場となることを拒否する。基地となることを拒否する。あの紺碧の空、サンゴ礁に取り囲まれたあの美しい海。沖縄県民の手に帰って初めて、平和な島が、沖縄県の回復ができるんだということを26年間、叫び要求し続けてきた」
1972(昭和47)年5月15日、沖縄の施政権が日本に返還された。
亀次郎や多くの沖縄県民の望みとは異なり、基地は返還後も縮小すらされず存続。
復帰後は7期19年間、衆議院議員として沖縄のために活動を続けた。
世界平和評議会からは日本人として初めてのジュリオ・キュリー賞を授与された。
亀次郎は、2001(平成13)年、94歳で亡くなった。
「カメさんは党派を超え県民みんなが愛した政治家だから、みんなが参加で
きる追悼会を開催すべきだ」という各界のよびかけで、「お別れ会」が開かれ県内外から多くの人が参列した。
「瀬長亀次郎がいなかったら、沖縄の戦後政治史には救いがなかっただろう」といわれるその功績は、誰にも否定できない

# by jpn-kd | 2015-08-03 07:36 | 行政ネタ
なはしのはなし142 沖縄の星 瀬長亀次郎5
瀬長の那覇市長選当選を米軍はどう見ていたのだろう。
米軍文書からそれを見る。
1956年12月26日
ダレス国務長官宛て
発信者在沖米国総領事ジョン・M・スティーブズ
瀬長の主な勝因は次の通り
①軍用地収用計画に対する瀬長の強い反対姿勢を選挙民は支持した
②反當間の一部は瀬長へ投票したか棄権
③瀬長が公約した日本復帰、減税、主席公選への支持
④対立候補の選挙戦の拙さ
瀬長の那覇市長としての立場は過激な反米宣伝や琉球における米国の立場を揺さぶる新たな「武器」を与えた
ここからもわかるように、米軍にとって瀬長は蛇蝎であった。
蛇に羽をつけ、蠍を巨大化したと怖れた
何故瀬長が怖かったのか
それは権力に歯向かい、正々堂々の論陣を張る
米軍は難癖をつけ、瀬長を刑務所に入れる
が、
そんなことで挫けない
琉球人が瀬長を推す
瀬長の主張に共感した
奪った土地を返せ、我々は日本に帰属する
分かりやすい主張に琉球人はしびれた
瀬長の刑務所からの帰還には県民がこぞって迎えた
見栄橋広場は人であふれた
瀬長の演説に人々は酔いしれた
芸人の話し方とは違う、それでも人々は瀬長の登場を待ち焦がれる
それは、人々の魂の叫びを瀬長が代弁するからだ
琉球人は現状を耐えられなかった
米軍圧政を心の底から嫌悪したのだ
沖縄を返せ、我々は日本人だ
日本に帰属することを望む
米軍は出て行けと懇望したのだ
その瀬長那覇市長誕生に米軍は資本を押さえる琉球銀行から那覇市への資金貸し出しを止めた
兵糧攻めにする作戦だ
が、那覇市民が瀬長を支援する奇跡が生じた

# by jpn-kd | 2015-08-02 06:41 | 行政ネタ
沖縄県のはなし19 県議会事務局長に監査請求
何らためらうことなく官吏は仕事をこなす
何のためにこの行動をするのかも考えず
県議が議員控室の電話を使い仕事をこなす
これは公務だ
それを私用だと断じて政調費からそれを支払わせる愚行
調査してみると沖縄返還時からだ
アメリカの圧政下で、アメリカの顔色を窺って権利も義務もなく隷属して暮らした期間
それで頭もぼけたのだろう
議長・副議長の電話使用料はとらない
これは公務だという
病院には医者と看護婦がいる
医者がいなければ患者は助からない
看護婦がいなければ患者は助けられない
これと同じだ
沖縄県議会事務局長はそこがわからない
歴代がこれを繰り返した
が、
間違いは間違い
まして、議員から徴収したカネを出納室を通さないはマズイ
出納室は機能不全だ
それを看過すれば決算書の意味を問われる
一円のカネも無駄に使わないと予算は財政が建て、決算は出納室が行う
この大原則を破れば沖縄県の決算は信頼できない
それを議会事務局と出納室が暗黙で決めた
カネを返せと監査請求
世の中はメクラばかりが住んではいない
金額は少ないが監査請求を出す
監査委員がメスを入れる、狙い通りならば出納室機能不全が全国に暴かれる
行政への不信が噴き出す
官吏が例年行う行為、無駄なことはやめろ、自戒の心を持て

# by jpn-kd | 2015-08-01 08:01 | 行政ネタ
沖縄県のはなし18 県の出納室は何のために存在するのか
公金は必ず出納室を通さなければならない
集めたカネをポケットに入れないために、必ず出納室を通す
もとより、徴収すべきカネではない
それを集めた
集めたカネをポケットに入れていないという証明に出納室を通す
会派から電話料を徴収するのが正しいか、正しくないかは置いておいても、公金をポケットに入れていない証明のために出納室を通さなければならない
この一連の処理を那覇市が行った
その証拠の写真がこれだ




沖縄県庁は出納室職員の頭が狂っている
議会事務局総務課長に正しい公金の扱いをさせないと、出納室機能不全で、決算書に信頼が得られない
ヘラヘラしている場合ではない
出納室の存在を問われている大事件だ

# by jpn-kd | 2015-07-31 06:38 | 行政ネタ
なはしのはなし141 那覇市議会は変われる・なんくるないさーから覚醒中
那覇市議会の政調費を調査し余りのひどさに平成25年度の政調費の出し直しを求めた
その開示が本日あり確認
以下の議員が出し直しをした
金城徹 研修報告書・事務所契約書 昭和28年9月19日 無所属 当選6回 
中村圭介 研修費30900円全額返還 昭和59年9月2日 無所属の会 1回
山城誠司 雇用契約書 昭和37年6月4日 新風会 2回
瀬長清  事務所契約書 昭和23年1月12日 ひやみかち那覇・無所属の会 4回
屋良栄作 事務所契約書 昭和44年5月19日 ひやみかち那覇・無所属の会 6回
下地敏男 事務所契約書 昭和25年1月28日 社民党 2回
渡久地政作 事務所契約書 昭和44年10月24日 新風会 3回
多和田栄子 セミナー参加書 昭和22年5月1日 社民党 2回
花樹正樹 出張報告書 昭和53年9月1日 なは民主 2回
清水麿男 主張報告書・事務所契約書 昭和56年2月13日 なは民主 3回
宮平のり子 出張報告書 昭和22年6月9日 社民党 3回
上原快佐 出張報告書 昭和55年2月29日 社大党 1回
高良正幸 雇用契約書 昭和24年1月1日 新風会 3回
平良仁一 雇用契約書・事務所契約書 昭和18年12月15日 新風会 2回
仲松寛  出張報告所 事務所契約書 昭和37年11月25日 新風会 3回

沖縄にはオンブズマンもない
今までは誰も注意も苦情もいれなかった
しかし、世の中めくらばかりじゃない
わざわざ遠隔の地青森県八戸から出向いて腰を据えて政調費を調べる暇人もいる
なんくるないさーじゃない
世の中はどうにもならない所、それを娑婆世界という

正しく執行しろ、政調費は市民の税金だ
救護団が標榜するインターネットブログは行政改革になるを実践
無料で世の中を変える力
ITの時代、国民一人ひとりが目覚めれば世の中は変わる
変わる世の中、変わらぬ行政、それは保身しか考えていない小役人思想だ
那覇市議会議員の面汚しが世界に発信される
それでも変わりたくない議員もいるが、間もなく淘汰される
若者ほどITに詳しい、彼ら世代が世の中を変革
世界は絶えず若者の登場を待っている

# by jpn-kd | 2015-07-30 07:04 | 行政ネタ


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