特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その15

まして一年じゃ使い走りだろう。

その大平が自伝でマネージャーをしたと記したのも、鈴木継男がそう要請したのか、それとも大平透自身がそう思い込んで記したのか? 裏をとれ、物書きとして裏を取らずに記せば咎めが必ず来る。

人殺し縄文館館長の古館、こやつがしでかした失敗が、市史編纂委員が持ち込んだ原稿の裏を取らずに市史に掲載、当然訂正が必要になり、後任者の佐々木に押しつけた。結句、古館を頼りにしていた佐々木は古館の逃げを食らって自殺した。

これほど左様に裏取りは大切だ

大平は自伝に自分が嘘を記載すれば、前非は書き直せば消えるのかね、少なくとも大平は、そう信じている。だから、わざわざ、自身しか知らないマネージャーに書き換えたと発言。

こんな馬鹿が副市長様におなりだから、八戸市の前途は暗い。

前非を悔いるという言葉があるが、事象を書き換えれば済むのかね。

パソコンのリセットボタンを押せば、入力した事柄は瞬時に消える。新たに記録を収録するが人生は自伝を書き換えれば、鈴木継男の悪行が消えるのか。

そんなことをしても、講談社MOOKの本は厳然としてあり、鈴木継男がテレビで語ったビデオテープも存在する。

それを大平は書き直しました。どこか価値観が違う、鈴木継男の為にする言辞を連ねただけで真偽も確かめず、大平透の実名で編集後記を記した。物書きの資質ゼロ、当然副市長としての資質も問われる。
# by jpn-kd | 2017-05-30 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その14

副市長になった大平透が小川を妙な目つきで眺めるようになり、

「あんたが、妙な目つきで見るが、その目つきが気に入らないので、鈴木継男の駅伝をばらすぞ」

と告げた。

すると大平透はこう言った。

「鈴木さんの自伝(私の中国)でマネージャーと言い換えました」と平然と言った。

そのことを小川は知らない。つまり大平透しか知らない事実だ。

よくよく調べると、この鈴木継男の自伝私の中国は大平透が執筆。

おわりにの章352頁に鈴木継男がこう言う。

当時の総務部長の西幹雄が本にまとめろと勧められた。本書をまとめるにあたり、全面的に協力してくれたのが大平透君である。

また、大平透自身もその本の尻で大平透は市役所に入る前は東京で文章を書く仕事をしていたこともありと、これまた鈴木継男同様、自分をひけらかす。明確に岩波書店にいたとか、講談社にいたとか明記するべきだが、ここらはぼかしている。愚にもつかぬ会社だから明記できないのであろう。
# by jpn-kd | 2017-05-29 00:00 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その13

小「鈴木さん、テレビで人生は駅伝だという話をされましたね」

うれしそうな顔で、

鈴「あのテレビ君も見たの、そうなんだよ、人生は駅伝なんだよ」

小「鈴木さんが読売新聞社前にビリで到着した時、誰もおらずに後輩だけが……」

鈴「そうなんだよ、読売新聞社前には誰も」

小「鈴木さん、こういう本があります。鈴木さんが出たのは第22回大会、読売新聞社前ではなく靖国神社からのスタート」

鈴「え、そうだっけな、靖国神社だったっけな」

小「鈴木さん、10区は三上さんが走り、貴方の名前は載っていない」

鈴木継男、呆然とし、手渡されたMOOKをうつろな眼で眺めるばかり、

「おかしいな、おかしいな」

やがて、封筒にカネを突っ込み、小川の前に置いた。

「鈴木さん、私はカネはいらない。貴方が新幹線到来で八戸駅舎を建てるにあたり、八戸市に寄付をされた、私もこのカネを寄付します。三役の誰でもいい、これから寄付に行くと伝えてください」

「う、それだと、これでは足りない」と更に封筒にカネを継ぎ足した。

「もしもし、鈴木継男でございます、いつも大変にお世話になります、ただいまから小川さんという人が新幹線駅舎建設の寄付に伺います、市長室に参りますので、よろしくお願いいたします、はい、新幹線の駅舎建設の寄付でございます。金額は30万円でございます」

この封筒に30万円が入っているのは鈴木継男の言葉で知った。中を確認もせず、市長室でそのカネを渡し、帰ってきた。

口止め料なのだろう。その事は鈴木継男が生きている間は口外しなかった。
# by jpn-kd | 2017-05-28 07:58 | いかさま名誉市民
特集 八戸裏面史 いかさま名誉市民鈴木継男を通して見た八戸 その12

講談社MOOK「写真で見る箱根駅伝80年」という雑誌がある。2000年2月に刊行された。

この44頁に第22回大会昭和18年1月5、6日を掲載。

昭和16年12月8日の太平洋戦争勃発に伴い従来の東京・箱根間大学駅伝に代わって、昭和18年の靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会が第22回大会となった。

2年ぶりにタスキをかけた選手が靖国神社大鳥居前の階段から出発、神保町を右折、日比谷の交差点から従来のコースに出た。1区は六郷橋を渡って立教の伊藤が日大、文理大を引き離し先頭を独走、1分15秒差で中継した2区森田も1分差を守って3区に入った……と続く

鈴木継男はテレビに出て、人生は駅伝と得々として、経営も駅伝と同じで次のランナーに引き継ぐと語った。私は拓殖大学の生徒で最終の10区を走りました。読売新聞社前のゴールには大会関係者の姿もなく、ビリの拓殖大学の後輩だけが私を迎えてくれました。

このテレビをビデオに録画し、鈴木継男は箱根駅伝に出たのか、いつか、これを調べてやろうと思った。そして、MOOKの本を取り寄せた。

拓殖大学は確かにビリ、1区は杉原宏ビリ、ここから10区までビリをひた走る。2区山本雅男、3区森田肇、4区三橋博、5区小梨豊、6区入江光行、7区後藤弘春、8区倉持凡康、9区佐藤寿郎、肝心の10区は三上晃で鈴木継男のすの字もない。

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# by jpn-kd | 2017-05-27 00:00 | いかさま名誉市民
ペテン師 八戸消防団長兼市会議員大館恒夫
消防団長大館恒夫が昨年五月、消防団員による寄付金強要をやめるべく指令を出した
ために、消防団運営費の捻出に苦慮
そこで団員の手当を総額で200万円増加
消防団員1350人個々にその手当が振り込まれる
その送金料は青森銀行が無料実施
ところがこの金は分団長が再徴収し団運営に使用する
これでも不足だと八戸市役所防災にかけあった
そこで地域交流のような形で支援できないかと考察中とのこと
金額的には200万程度の模様
これを増額するには、消防団長の要請要求が必要と、消防団長に面会を求めた
すると、大館恒夫は5月15日から23日視察に出ているため面会はできないと言う
そこで、議会事務局に確認すると、5月15日から18日まで視察の届けは出ている
5月19日は協議会があり、全議員が参加する
この協議会は午前中に終了
消防団は団長ばかりで機能する訳ではない
そこで副団長に面談
すると、松田副団長(副団長は6人いる)から、カネなんて欲しくない、カネなんぞ貰わずとも我々は責務を果たすと立派な見識だ
カネがいらない消防団にカネを願って歩く必要は無い
ために、
この消防団組織奨励金の話はやめだ
足並みがそろうまで、また、ペテン師大館恒夫が消防団長をやめるまでは、この話はしない
もっとも、そこまで生きているかの小川の都合もある
しかし、大館恒夫消防団長殿、嘘つきペテン師香具師、野師、詐欺師に仕事師、地面師、などと呼ばわれぬよう注意注意、もう貴殿とは話しもしたくない。


# by jpn-kd | 2017-05-26 07:02 | 行政ネタ


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